札幌に住んでいた父が定年を機に郊外の市へ戸建てを買い、そこで死んだ。3人兄弟で私だけが北海道在住なので、葬儀の準備をしたが、わたしの家の宗教は何か、家紋は何、父の母親の名前は何と言うかすべてに答えられなかった。とりあえず […]

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いまさら、こういう日本語をここで書くのも気恥ずかしいけれど、似たような言葉でボランティアがあるが、助けるのほうが日常生活のすぐ近くにある気がする。私が言う『助ける』は、ずっとずっと大昔、東アフリカから10万年前に、アフリ […]

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豚屋です ご無沙汰いたしております。 夕張や地元に元炭鉱があり、林業も盛んだった地に住んでいて、なおかつ建設業からの転業者として思うこと・・・ 北海道はすべて国策による産業に依存してきたということです。 国のエネルギーを […]

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  『今の人はとにかく自分が好きである。自分のことが好きで好きでならない。その上、自分さえあれば社会は成立すると考えているようである』の文章で始まる、阿久悠さん『清らかな厭世 言葉を失くした日本人へ』(新潮社242p)の […]

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