2015年12月23日のブログ再掲載します。筆者の好きなブログです。

私の健康状態は、医者さえいなければ元気です。(立川談志)&山下達郎

「まくらコレクション」(立川談志・竹書房336p)平成17年12月の講演から。立川談志のまくらを読んでいると、ジャンルは違うが、山下達郎がコンサートで話す話術に重なってくる。なんだろうね。反骨といえばいいのか、わが道を行くというか、コアのファンが離れない、テレビに出る(達郎は出ない)よりライブでお客とのアドリブを見せる。ユーモア・皮肉が体に染みている、いたずら心も同居。意地悪も。自信と覚悟と不安が同居していて、とても人間的だ。談志もそうだ(高座をやることの恐怖感ってのがあって)。


12月3日の札幌で(山下達郎PERFOMANS2015~2016)、最前列の女性ファンが達郎の話にすぐにゲラゲラ笑うので、彼は笑いながら「笑い過ぎですよ、笑うときに腕を左右に振ると、隣のお客のひじに当たりますから注意してね」と会場を大爆笑させていた。彼も落語の素養がありそうですよ。少年のころにおじいちゃんに寄席へ連れて行かれ、落語が大好きになり「落語家になるのが夢」だったと。なるほど。

筆者撮影。


「ドームツアーなんてコンサートではありません。パーティーです。」11月に3日間「嵐」が札幌ドーム公演があって14万人が集まった直後の達郎コンサートだったので、刺激的な発言。さらに、この会場(ニトリ文化)が近々壊される話を聴いて「文系の役人は困ったものです、ミュージッシャンや芸能・文化を理解しないのが多過ぎる」と喝を入れる。自分の生の声が会場の奥まで届く場所を選択する。箱(ホールの使い勝手)の問題は最重要なことだ。昨日は(22日)中野サンプラザホールでの2日目公演で、「クリスマス・イヴ」を聴くのにちょうどいい時期だ。聞きに行った知人からのメールが楽しみだ。


ようやく談志の上記の「私の健康状態は、医者さえいなければ元気です」。医者に病気は作られる。薬を一番飲まないのは製薬メーカーのMR(薬営業をする人)。副作用の怖さを知っているから。喫煙行為を日本医師会が「依存症」として病気のカテゴリーに入れた背景に禁煙外来を保険適用に目論んだ外資製薬メーカーの金のばらまきが。さらに談志は「向こうは脅かしているつもりはないんでしょうけれども。結果、直接的にではなくても、脅かすような行為をしないと、≪実入り≫に差し障るという意識が、どこかにあるんじゃないかな。≪医者なんぞ行かないでいいですよ≫って言う医者、なかなかいないでしょう」。


日本の医療を救うのは、最新の医療機器ではなくて、「その程度の症状は病院や医者へは行かなくてもいいんだよ。行くだけ健康保険の財政が悪化するんですから」と発言する医者。談志の理想の死因は「談志、ふとした病で死亡」。


人間一日だけ幸せになりたければ、床屋に行くといい。

一週間幸せになりたければ、結婚するといい。

一年間幸せになりたければ、家を建てるといい。

一生幸せでいたければ、自分で正直であるといい。

今宵、幸せになりたかったら、談志を聴くがいい。クアーッ!「立川談志 まくらクレクション290p)

 


 

  1. クスリ嫌いのクスリ漬け。

    昨日,私は医者に行ってしまいました。風邪か?インフルエンザか?喉が痛くて微熱が出て鼻水も出て節々がだるいのです。先月我が家の小2の女児がインフルエンザA型で1週間休校しましたが,その時は大丈夫でした。今度は中1の女児がインフルエンザに掛かって休んでいます。そのせいか?どうかはわかりませんが?我が家で私だけが掛かるのも不思議な話です。大型スーパーへはよく買い物に行くのでカートやカゴのベタベタ感は気になっていましたが,極力石けんで手洗いもしていました。このところ暖気も来て道路が乾いてホコリからの飛沫感染も考えられます。公共交通機関は利用していないので,やはり我が家が原因なのかも知れませんね。小学校や中学校ではかなり流行しているようです。私のような初期段階の風邪はインフルエンザの検査でも出ないらしいです。ちょうど仕事も立て込んでいる最中に休む事もできません。単なる花粉症ならいいんですが。薬を数種類貰いましたが薬嫌いとは言え,呑まない訳にも行きません。血圧の抗圧剤もコレステロールを押さえる薬もしばらくやめていたのですが,先月の出張時に具合が悪くなり,また呑み始めました。それほどきつい薬では無いらしいのですが?このまま続けるか?やめるか?やはり迷いますね。

    • 私は血圧降下剤をやめました。最高120しかないのにこれまで飲まされてました。眠くなる原因
      がこれでした。16年間も飲んでました。160までなら飲まないほうがいいです。インフルエンザも
      自分が小学校時代、思い出しますが、「誰かに風邪をうつさないと直らないよ!」と言って遊んでました。
      のんきな時代ですが、クスリもたいしてなくて、39度でも出れば、医者が我が家へ往診してくれました。
      医者が家に診療に来るのっていい習慣です。自宅で死ぬときもこれで診断書を書いてくれます。私の住む
      町に2名、そういう医師がいるので仲良くしてます。死んだときのために。医師が年上なので彼らが先に
      死ぬかもしれませんが。

  2. 病院で肺炎になった父。

    明治後期生まれの父は龍角散や大田胃散とビタミン剤は呑んでいましたが,他にはクスリなど呑んだところを見た事が有りません。それどころか?健康保険も使いたくないと言って医者にも行きませんでした。連れ合いに先立たれたそんな父は96歳まで独居生活でした。すきま風だらけの湿気も多い古家で,耳も遠くなって,大音響でクラシックを効いたりTVを見たり好きなように暮らしていました。お風呂は体温以上のお湯に入らない主義で、下戸で甘党で日本茶をよく飲んでいました。煮炊きも自分でするので,近所から危険だからと苦情が出ました。仕方なく老健施設に入れましたが,書を書いたり,俳句や短歌や詩を詠んだり,絵を描いたりしていた自分の時間が無くなって,つまらなそうでした。また,かつて役人で威張っていた人が車いすで壁に向かって一人で演説していると笑っていました。が、しばらくすると,父も肺炎に成ってしまったのです。病院で肺炎になるなんて?不思議です。すきま風と湿気の多い自宅よりもコンクリートの気密性の良い空調の効いた暖かい建物には?そんな落とし穴があったのです。

  3. 善良な医者の言葉はクスリより効きます。

    心臓の脈拍に二段脈が出たとき、病院に行きました。「二段脈など誰にもありますよ」と医者に言われてホッとした事がありました。ホルターを24時間着けてもみましたが,「大丈夫ですよ。人間の心臓はそんな簡単に壊れませんよ」と安定剤しかくれませんでした。何度かそんな事があって,精神的に追い込まれていた時などにストレスで体調までおかしくなる事がわかりました。それ以来心臓に関しては,余り心配しないようになりました。今,思えば,ずいぶん良心的な医者だったと思います。
     またある時には,クルマを運転中に頭を締め付けられるような嫌な感じと盛んにあくびが出たので脳神経外科の救急窓口に行って即スキャンしてもらいました。写真結果は年齢的な脳の症状以外何も問題ないとの事でした。「もっと悪い状態の時に来てください」と言われました。それも何度か行くたびに医者も覚えていて「また来ましたね。以前と代わり有りませんよ」と諭されました。ここでも「人間の脳はそんなに簡単には壊れませんよ」と。検査だけでクスリなど必要なかったようです。クスリより医者の言葉のほうが効いたと言うお話でした。お後がよろしいようで・・・。

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