身を削った仕事師たち(2015年の記事)

山下・竹内ポス

筆者の寝室

デビュー40周年になる「山下達郎コンサートツアー」の日程が7月12日に発表された。全国35都市64回のコンサートだ。昔、彼のコンサートを興行していた札幌の綜合企画サービスセンター澤田社長と筆者は社会人サッカーチームの仲間で、達郎のコンサートが近づくと「ことしは何枚確保したらいい?」と電話が入った。


事前に私も達郎ファンの社員に枚数を聞いていて「4枚」「6枚」と注文した。もちろん正価で。場所はいつも特等席。会場センターのミキサーの真後ろで音も最高の場所だ。FM局やテレビ局へは数枚のチケットが渡されていたかどうかは定かではない。その彼が52歳でガンで死んだ。山下達郎クラスの芸人が10人もいれば万歳だが、毎回、チケットが完売されるタレントばかりではない、赤字のコンサートも多かった。しかし、永年の付き合いで公演を止めるわけにもいかない。義理と人情が色濃く働く世界である。


元々、お父さんの代から演歌に強い興行会社でもあり、息子の代でも演歌歌手を多数引き継いだ。契約通りのタレントギャラを払い、演奏者へもギャラ、会場費(舞台制作費)、宣伝費、印刷物代金、打ち上げの飲み食い代、ゴルフの付き合い、警備員のバイト代、社員の給与そして自分の給与。全部払ったら、サラリーマンの方がいい暮らしができるよ言われたこともある。見た目の派手な仕事の裏に悲哀も多い。


彼が亡くなるずっと前だが、綜合企画の社員でニューヨークでヒットしたミュージカル「コーラスライン」に魅せられて、東京で上演するなら、何としても札幌でも上演させたいと、N・Yを何回も往復して、交渉に交渉を重ねてついに公演に漕ぎ着けた強者社員がいた。彼の情熱に相手が根負けしたいう噂だ。公演が終わって数か月後、彼は死去した。全精力を「コーラスライン」を呼ぶためにのみ命をかけた人生みたいだ。それを諦めさせず、ゴーサインを出し続けた社長も偉いと思う。


高い入場料を払い見に来る人はその辺の苦労はわからないが、わからなくていいことかもしれない。ただ、目に見えるものの背後にとんでもなくたくさんの人たち、顔を知らない人たちが支えているのだということ。これは何度も反芻しておきたいことではある。もうこの世にはいない人でも、私たちを支えているのだ。


山下達郎コンサートが来ると、柔和な綜合企画の澤田社長の顔が浮かぶ。社長のガン死とともにこの会社は廃業している。達郎のコンサート前日、舞台つくりのトラックが2台、会場の後ろに止まっている。舞台を作る人たちが働いている。現役サラリーマンのときは、公演前日に必ず会場の後ろを見に行くのが習わしになっていた。小さなイベントを数多くやってきた私の癖かもしれないが、いよいよ明日だというときめきもある。チケットが取れるかどうかわからないが、札幌公演が12月2日と3日。「クリスマス・イヴ」を聞くには最高の季節だ。いまは亡き綜合企画の社長に聞かせたい。


(追加記事)

本日、2017年5月27日正午、山下達郎のお盆公演のチケット予約が始まる。8月15日と16日ニトリ文化。達郎コンサーとを手がけていた澤田社長に冥福あれ。石狩埠頭でのライジングサンロックフェスティバルにも出るらしい。苫小牧・網走でも初めて開く予定だ。約10日間、北海道に滞在する達郎バンドと関係者の皆様、美味しいものをたくさん食べてください。

 

 

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