病気ではないですから、ここに来る必要ないよ。

 

そういう精神科医が増えれば、抗鬱剤の使用量が減り、無駄な診療はなくなるかもしれない。最近、町中に続々できる「こころの診療所」。入るとこれといった設備もなく、イージーリスニングをふんわり流しているが、待合室はびっしり。老若男女、静かに自分の名前を呼ばれるのを待っている。もらうのは抗鬱剤。現代はSSRIという大脳のセロトニン(これが元気な心を回復してくれる?)が減らないようにする阻害剤が主流で、アメリカ精神科学会がファイザーはじめ薬メーカーからお金をもらい作り上げたDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)のⅢ(1980年刊)とⅣ(1994年刊)が席巻して、それまでのノイローゼというかわいい言葉を追放してしまい、「うつ病」という名称を世界に広める結果になった。

グレーゾーンにいた人も「鬱病」と診断されて、処方されることになってしまい、薬漬けにされてしまっている。「うつの8割に薬は無意味」(朝日新書)井原裕を読んでいて、筆者が昔、書いた「ノイローゼという言葉が懐かしい」を思い出した次第である。誰しも悩みはあるし、学校へ行きたくない人もいれば、会社へ行きたくない、あいつの顔も見たくないとかいろいろだ。

これまでノイローゼは心理的なストレスや精神的な葛藤で生み出される心因性の病気。鬱病は遺伝や体質が原因とされる内因性の病気と区別されてきた。それがDSMⅢではこの区別を取っ払って、なんでも「鬱病」と診断、次々と大手製薬メーカーの薬を投与する結果になってしまった。昔なら「おいおい、落ち込んでいるな、一杯飲んでぱっとやろう」という言葉をかける人も減り、かけられる人も断り癖がついて、よき聞き役が消えた。聞き役が町場の医者になり、医療費を払って薬に身をゆだねているのが現代人である。

一度、飲むと、私も睡眠薬代わりに向精神薬を飲んでいて、医師から「常習にはなりませんよ」と言われたが、飲まないと眠れない体質にされてしまった。睡眠薬もどんどんきつくなるらしい。儲けるのはご存じ薬メーカーで、メーカーのMR(営業マン)は、鬱病に効果があるのは20%くらいの人で後は効果はないことをよく知っているし、薬の副作用の怖さを彼らは知っていて、一番薬に頼らないのも薬メーカーの営業マンたちだ。

しかし、著者はあくめで精神科医で、同業の人間にも同情的である。なぜなら、わざわざ自分の診療所を訪ねてきたのだから「心を楽にしてほしい」「鬱病と診断していただき、休職できる診断書を書いてほしい」という患者の願いがわかる。筆者の前職で、産業医を訪ねた5人は全員,うつ病と診断されて長い人で3か月休職・復帰してきた。休んでパチンコをしていた人もいれば旅行へ行ったり、夜は居酒屋に行く人もいた。何もすることがなくじっとしている人はいなかった。

人間だれしも「楽して、金儲けしたい、嫌な奴と顔を合わせたくない」。それを心のクリニックを利用して、半分以上は実は薬を服用せずとも直ると言っている本かもしれない。

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