安倍政権といい、日本大学といい、霞ヶ関の官僚といい、風通しの悪い人間関係づくり。まるで中世でいえば『監獄に入った囚人』のような言葉遣いの数々に呆れる。自分の言葉や良心が消えている。年齢的には50代半ばから65歳くらいまで、戦争を知らない世代が多いのも共通している。

私の世代ならオピニオンリーダーがたくさんいて、戦前の日本社会に戦争へ向わせた要因や指導者層へ厳しい分析の矢が向けられて、『そうなってはいけない』という論陣を張る人が山のようにいた。丸山昌男や吉本隆明、中野好夫、渡辺一夫、加藤周一、鶴見俊輔、原子力に関しては武谷三男、山口組と戦った大阪読売の黒田記者もいた。政治家でも自民党はアメーバのように幅広く、政党で右から左まで豊富な人材がたくさんいた。党派を超えて会話もよくしていた。

その底にあるのは『戦争によって自分の仲間をたくさん失い、幸い、自分は生き残った。これから政治家として、国を国民を幸せな方向へ舵を切らないといけない。それが残された自分の使命である』という与野党を問わず共通の感情であった。藤山愛一郎という自民党の政治家は中国との国交回復に、その政治活動に私財を投げ打った。政治家になるとは貧乏になること、しかし高邁な理想が実現するのであれば貧乏やむなしの世界でもあった。もちろん例外もいたけれど。首相にしても『ああ、うう』とぼそぼそ喋る大平正芳は寸毫を惜しんで書を読み続ける読書人で教養の人であった。

経済界にも教養人はたくさんいた。『国民の懐を豊かにすることと近隣諸国との信頼関係の構築』『戦前の日本外交の失敗を戦後に生かそう』とする官僚たちの猛勉強もあった。オピニオンリーダーが鯛だとするとテレビのニュースキャスターも新聞で論陣を張る人たちも鯛であった。腐った鯛が入り込む隙は闇の世界か不正がはびこる私物化する世界だし、もし発見されれば徹底的に叩かれ、政治生命は失った。田中角栄は中国と自主外交で国交回復を目指した、そしてアメリカを怒らせ、ローッキード事件を意図的に起こされ失脚させられた。旧満州で残留日本人を育て上げた貧しい中国人農民への感謝も当然あった。イキイキした政治家があちこちにいたのである。鯛のように頭が腐らない政治家がかつて存在した。新聞を読んだり、テレビのニュースを見るのが楽しかった時代である。『こんな生き方をしてはいけない』と暗黙に学ぶ教科書がニュースであった。現代、腐った鯛の頭ばかりである、側近まで腐臭を放つ。どの分野においても20代、30代、がんばれである。腐った鯛の影響は受けませんように。

*蛇足ながら、WOW WOWで放映されていた『しんがり~山一証券倒産~』のビデオを鑑賞した。なぜ倒産に至ったのかを内部の人間が摘出するドラマであった。100年の社歴を誇る証券会社がトップの権力闘争と政治家への株の供与の不正が暴かれるのだが、ぜひ各省庁の若手が未来のために自身の足元の部署の分析をどんどん公開していって欲しいと思った。新聞記者やルポライターの分析ではない迫真の分析レポートが読みたい筆者である。

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