何とも贅沢な話を立て続けに聞いたのでブログに書いておきます。北海道はたかだか100年を超える程度の過去しかない。先日、小樽の金融博物館(資料館)を訪ねて渋沢栄一やたくさんの銀行、北前船で財をなした人々の倉庫や建物の写真や実物を見てきた。北海道は開拓史の払い下げで産業を勃興させ、財閥を儲けさせて、ビール・亜麻栽培、ススキノも男役人のための夜の社交場として人工的に作られた一角だ。東区の工場街で育った筆者は、お金持ちってどんな人種?って正直思う。私の周りには誰もいなかった。8月7日、金1グラムが7769円の史上最高値をつけた。普通なら、売りに来て儲けるのがお金の動きだと思うが、実態は逆で『どんどん金を買いに来た』である。メガネ屋さんも、『円山の支店は売上額で本店を上回る勢いだ』と。メガネフレームも高級感のあるものが売れ、需要の多い補聴器も100万もするものも売れる。コロナ災害がなければ彼らは海外旅行へ、クルーズ船に乗るような層で金の使い道がなくて、自分の身の周りと、何があっても安心だろうと純金を買い求める。節税で床下に金を隠しておく手もある。子孫に手渡すのに便利だ。1g7769円ですからね。多少の値下がりは株で大やけどをするよりマシという発想だ。明日の生活費にも困っている人たちには、何をかいわんやである。思い出したのが、市内のホテルで投資家セミナーを手伝ったとき、参加者の女性が突然、主催者に詰め寄り、「あなたですね、私の住所を他人に教えたのは!」と激怒して詰め寄ってきた。「私はそのようなことをしておりません」「あなたの会社以外に私の住所は教えていないのです」横で聞いていて、どれだけ誰にも知られたくない財産を持っているのかと思うと同時にその醜悪な女性の顔に吐き気がした。『金と便所は溜まれば溜まるほど臭くなる』、生き方がケチになり醜悪にもなるという貧乏人の私としての発想だ。人間の欲望は、健康で長生き、幸福感持続、金に困らない。そんなところだろうが、必ず人間は死ぬから幸福や金はいずれ消えてしまうと思えば、純金を持つより米俵1俵が床下にあるほうが安心な人生だと思う。私の親族関係の金銭トラブルは遺産に関わることなので、子孫に美田残さずの生き方は相当に難しい。負債も財産のうちならむしろ借金を残して全親族が財産放棄した方がベターな暮らしになるかなと妄想する。余計なお世話な話であった。

  1. 貧乏暇なし年中薄給。

    貧乏人がお金を貯めるには相当の覚悟と非情な日常を送る事になるでしょうね。それが嫌でつい貧乏に甘んじているのが我々ですが、お金は有るところには有るんですね。金ですか?我が家に金と言えば仏壇のリンか永年勤続で貰った小さな金杯くらいですね。金塊や金の延べ棒など間近に見た事もありません。金も宝石も価値はあるのでしょうが自宅に置くのは危険でしょうね。銀行の貸金庫でも借りているのでしょうか?他人事とばかり考えて居ないで(ロトが昨日も大外れでしたが)、もしもと言う事も無きにしもあらずですから、その時の為に考えて置かなければいけませんね。取らぬ狸の皮算用でしたね。

    • きょうは久しぶりの札幌駅。スクラッチ2枚400円使う予定。1万円でOKなんですが、当たりません、3年間。金は重いのを持ったことありますよ。こんなの持っているより、カステラに金箔振りかけて食べる方がいいですね。金を持ってケチケチ人間を周囲にたくさん知っているので、ああはなりたくないと他山の石にしています。お金は自分のものであって自分のものではない性質があります。他人がそれを(交換価値として認めないと何も動きません)。国が崩壊して金の延べ棒を背負ってシベリアの村へ脱出したとしましょうか?村人は、昔は金鉱で掘ったことがある程度で、それより日清のカップ麺を欲しがりますね。金を持つ人はこの部分の想像力を働かせていません。お金はその使い方で、その人の価値観や人格が出ます。けっこう怖いもので、こういう点を他人はどういうわけか見逃しません。ズルイヤツはズルイ。官僚や政治家、警察や検察、弁護士でも教員でも民間企業にも大学にもたくさんいますね。日本一の仏教学者ひろさちやさんは、マンションの床下に何億円もする金の延べ棒を隠して追徴処分を受けました。

  2. 金はキンでも有り難くない「菌」がどんどん増えていますね。目に見えないウイルスが、まさか経済危機まで引き起こすとは誰が予測して居たでしょう?豪華な船旅と羨んでいたクルーズ船でのゆったりした贅沢な世界旅行の筈が一気に暗転。セレブの旅行者の多くが感染した事件から始まり、世界中に感染拡大し、今も終息への抜け道すら見えません。どんなにお金に余裕があっても、外出すらままならない時代に成りましたから、感染を防ぐにはジッとしているしか方法は有りませんね。しかしお金を使いたい人達にとっては使う事がストレス発散にも成るのでしょうから、使わない訳がありませんね。私も仕事柄、そんな人たち向けに広告を制作していますが、「オンライン・ストア」を主に表現しています。作成したQRコードからスマホで入れる仮想ショップです。もしかして?今後は店舗やイベント会場などへの集客など無くなる時代になるのかも知れませんよ。最終的に、どうしても現物を確かめたい人たちだけの為に、せいぜい一カ所ショールームくらいは必要かも知れませんがね。

    • 方向性として間違っていないでしょう。広告代理店の旧来のモデルは破壊されています。ただ、ユーチュブをよく見ますが、広告がうるさい。5秒前に広告を削除できるのですが広告過剰です。ネットも所詮、広告媒体に過ぎず、スマホのニュースもニxチュースの中にPR記事を繰り返し入れて金を獲ってます。どこまでいっても広告ばかり。嫌になります。イソジン吉村の芸能活動も詐欺師と変わりません。

  3. お金がだぶついている人たちが使い道に困っているなら、人助けに基金を設けて生活困窮者を助ける活動などできないものでしょうか?。ウイルス感染以前に金欠病患者の方がどんどん増えませんように。菌も金も災いの種ですね。

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