『人間と機械がくっつく』

高間龍一撮影 ダイヤモンド 開聞岳 年迫った頃、薩摩富士からの朝日 1/15秒 f/6.3 75mm ISO 50

くっつくとは別に糊で付ける訳ではなくて、資本主義の正体、文明の正体は、18世紀以降、『人間と機械がくっつく』ことで説明できるかもしれないと分析した人がいた。アフリカやボルネオの村々の風俗を、機械ではなくて『道具』とくっついている人間が見える。槍であったり、頭に乗せる水汲みの皮であったり、川で洗濯する大きな石であったり、赤ん坊を胸の前で抱っこするお母さんの使う布であったり、トウモロコシや豆を細かくする棒であったり、石であったりする。

そもそも人間の作るものは体の機能の延長で発明され、説明できる。歩く延長は(移動するものとして)車や自転車、さらに動く歩道。バスや電車、飛行機、船。伊能忠敬の時代なら徒歩であった。そして一度機械を使うと止められない性質がある。それを『くっつく』と表現したわけである。こういう簡単な動詞がいま現在の文明の位置や性質をわかりやすく表現してくれるからありがたい。

ブログを書いている私自身はノートパソコンにくっつきながら書いていると表現していい。階下で妻は新聞を読んでいる。輪転機から刷られた紙に『くっついている』と間接表現もできる。家の前をOLがスマホをいじりながら出勤していく。スマホが手に『くっついている』。向かいのガレージが開けられて車が出されて仕事場へ向う。彼に自家用車がくっついている。人間にある様々な欲望を機械が実現してくれるというわけである。早い、便利、快適に生きたい、そのために機械にくっつくことで実現させる。

電化製品も電気と『くっつく』ことで、その機能を発揮させる。ブラックアウトでどれだけ家中が電気にくっつくことで生かされているか骨身にしみた。ある人が『自立している乾電池の偉大さを胆振東部地震で感じた』というフレーズが印象的であった。小さなバッテリーもそうだし、システムではなくてバラバラな物であってもそれ自身動く・作用する物はやはり凄いと筆者は感じる。それに似ているのが自転車で、足の力で動力を伝えてより早く走る、システムに依存しない機械だ。地震が起きても、決まった時間に自転車で出社した新聞社の人がいた。新聞社は自家発電が動いて様々な業界の人がスマホの充電にやってきたと言っていた。帯広の四つ葉乳業も牛の乳を捨てることなく、自家発電で動いていたが、こういう設備を持つのは例外的な会社で、やはり電力と電線にくっついてかろうじて文明を維持していることだけは疑えない。

それを見透かして、早々とほくでんは泊原発再稼動に舵を切りそうである。案の定のブラックアウトを利用して、泊が動き出しそうで、しかも寒い北海道が始まっているから『シメシメ』である。放射性廃棄物の処理が決まらないのに、後世にツケを回す癖の世代の横暴である。いずれ誰かが発明や発見をするだろう。幌延や石炭跡地の廃坑を利用してやってくれ・・とでも言うのだろか?原発で稼いできた様々な人たちの罪は重い。ウランとくっつき過ぎである。

  1. 機械式時計は今でも通用しますね。ボタン電池入りの電波時計の方が、数から見れば遥かに多いとは思いますが、電池も無かった時代から精巧な技術で作られています。動力は手巻きのゼンマイ。昔、子供の頃、柱時計を、親が留守の間に興味本位で分解して、親が帰って来る迄にまた組み立て直す時にゼンマイの扱いに大変苦労したのを覚えています。振り子もそうですが、自然エネルギーそのもので電気も油も使わない優れものでしたね。当時の動力と言えば、屋外で農作業に使う発動機ぐらいでした。それ以外は全てが手回しや足踏みの人力を応用したものでした。今でも自転車はギヤを応用している機械式の優れものですね。最近はレンタル自転車さえもが電動自転車にはなりましたが。移動手段も自動車が一般的になっても自転車は今も健在ですね。混雑する都会の移動手段としては格好の機械ですね。自転車こそ人間とくっついている機械そのものでしょう。

    • 自転車は、人間の体にちょうどいい乗り物だと言われています。足をふみ風を切り前に進む最良の発明品です。自転車屋さんがたくさんあってパンク修理に何度も出しました。道路は砂利道多くてね。時計は40代にネジ巻き時計を敢えて探してしてました。見える機械って感じでゼンマイは好きで、柱時計のねじまきの仕事を椅子を持ってきて回してました。

  2. 機械とくっつくと言うか機械に依存しているとも言えるのはクルマでしょうね。購入費、消費税、取得税、従量税、自動車税、自賠責保険、任意保険、車検、燃料費、修理点検費、タイヤなど付属部品費、免許取得費・更新費、と気が遠くなるくらいの費用を負担してまでも人はクルマに乗りたがりますね。更に乗ったら乗ったで事故も発生したり、故障したりして保険適用すれば次年度から保険料は上がり、さらに修理費にも掛かります。またスピード違反や駐車違反の罰金や、駐車場料金も。それでも人は乗りますね。一家に3台も有れば大変です。成長しても薄給の身の子供たちには親が負担してあげなければ乗れません。それでも人はクルマに乗ります。まるで無くてはならない道具のように。理由は住居が郊外化してて交通の便が悪かったり、家族移動が多かったり、思いに荷物を運ぶ手段だったりと様々です。そんなクルマと長年の間、完全にくっついている私です。

    • 車は税金支払いの元凶ですね。先日、函館の友人から『55歳だけど車を捨てた!ので札幌へ帰るときはレンタカーで帰りますので、そのとき寄りますね』と電話がありました。軽自動車に乗っていたとはいえ、クルマ人間さんおっしゃるように、ここぞとばかりに税金・税金・保険・ガソリン高止まり・修理・部品。安い給与の若者が車を買わない(買えない)のもわかります。スマホ使用代金でいじめられ、ネットで買い過ぎ、手取り安で困窮、イライラ。これからレンタカーがもっと安く利用しやすい新制度出てくると思いますよ。

  3. 最近、格安のフランチャイズ理髪店に行くようになりました。高齢者は洗髪も含めて1400円程度と安いのはもちろん。幾つも椅子が有って、技術者も大勢いるので、週末など余程混み合わない限り待たずに10分〜15分も有れば仕上がるからです。気づいたのですが、これまでの理髪店と違うのはハサミです。手で丹念に刈る手動のハサミの他に電動のハサミも多用していました。電動バリカンも刈り上げには使いますが、それとは別の電動ハサミがどうやらスピードアップの隠し道具のようです。もう一つは、余計なおしゃべりはしないと言う、技術者と客の暗黙の約束事です。根掘り葉掘り聞かれなくて面倒もなく、またムリに話題を提供する事も無くただたんたんと仕上げます。床屋のイメージもすっかり変わってしまいました。お決まりの店主とハサミがくっついた床屋はどんどん廃業しているのが現実です。今でも働きづめで時間がない、お金が無い、私たち高齢者は大変助かっていますが。

    • 私も安い床屋を利用してますが、職人とはお喋り満載ですね。私は指名でいくのですが、1600円です。近所の床屋は3000円は取りますね。テレビが世の中に出てきたときに床屋のガラス窓からテレビを覗いた記憶がよみがえってきました。床屋は情報屋さんのイメージが変わったのですね。人情枯渇しません?私は昔の市場感覚で床屋さんと接しています。

  4. 僕の見る街の中での大多数はスマホとくっついて歩いていますね。そう言う僕もいつも片手には大きめの画面のスマホがくっついています。天気を見る、時間を見る、ラインを見る、電話を架ける、ショートメールで仕事先に報告する、時間の合間にブログを読み書きする、カメラで撮影する、通勤時の閉め切ったクルマの中ではYOUTUBEでカラオケをする。などスマホさえ有れば何も持たなくてもいいですね。ポケットに入れるには少し重いですが、重い鞄を持ち歩くよりは手軽で便利ですね。時計も要らない、カメラも要らない、PCも要らないですからね。例えばスマホのカメラで撮影すれば、その瞬間、オフイスのデスクトップPCに自動的に送られていますから、スマホと接続する事も無く制作作業にも活用できて重宝しています。完全にスマホにくっついてしまっています。この他にもカタログを見るアプリや動画になるアプリやQRコード読み取りアプリとか便利な道具です。これが無かったらどうなんでしょうね?。

    • 私はスマホない暮らしを続けていますから不自由はありませんが、一度はまると抜け出せないみたいですね。仕事でも多用すると抜け出せないでしょう。パソコン1台あればいいのと携帯で電話できればOK。その日の気分でジャンル違いの本をカバンに入れて移動してますから、大きな活字を追う作業で時間を使います。人間の歴史も不思議な未体験ゾーンに入り込んでいますね。大脳を損傷したり、感情の分野が異変を起こさないようにと願うばかりです。

  5. ウラン原石とくっついた男。

    原発がこれほど危険なものになるとは知らずに、かつて僕も電力会社の本社ロビーの原発展示コーナーの設営をした事がありました。当時は知らないとは言え、電力会社の方が人形峠から鉄製のお菓子の缶に綿で包まれ持ち帰ったウラン原石を渡され、ハンマーで砕いて展示しました。軍手は履きましたが、それほど危険なものとの認識も無かったですし、電力会社からの注意も無かったですからね。原石ですから濃縮ウランではないですが。ガイガーカウンターも買い求めて展示品の蛍光塗料塗布の置き時計や絵の具などと並列に展示してお客にカウンターで計測して貰う仕組みでした。つまり日常に放射能はいくらでも有って、ウラン原石でもこれくらいの計測値ですから原発は大丈夫ですと言いたかったのです。しかしその後、敦賀原発での水蒸気漏れ事故がNHK-TVで放映されると、若狭湾で旅館経営の田舎の義母から100組のお客さん全員キャンセルの電話が来てしまったと。それがきっかけで、電力会社からの署名運動にも記名を辞め、それっきり仕事も断りました。ウラン原石と一瞬ではありましたがくっついてしまいました。反省!

    • 社会科の読本に確かに『人形峠』はウラン産出として記憶してました。鉄腕アトムにも『原子の子』という単語もあったはず。専門バカの技術者とバカ専門の政治家、それにゼネコンと経団連、通産省ですね。日本全体のエネルギー計画を練れる思想家がタクトを振る立場にいなかったのです。原油がいずれ枯渇した場合、どうする?の話に、原子力発電所から出る放射性廃棄物をどうする、それは未来の人(技術開発に預ける)に任せるというスタンスでした。電力会社の利益は投資額が大きければ大きいほど利益を得られますから、火力や水力より原発への投資が大きいので儲かります。(電力基本法)。何%となってるはず。安全なら送電線が短くて済む東京湾や大阪湾の近くに作れば済みます。

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