人類の夜明けのころ、私たちの先祖は非常に弱い存在で、アフリカではほかの哺乳動物たちに食べられないよう、木の上で暮らしていた。ある集団を形成しないと一発でやられてしまう。食事は木の実や草、小さな動物から少しずつ大きな生物へ、手にする武器は鋭い石を堅い木に草で縛り付けて、獲物を仕留めればしばらくは休みが続く。最大のストレスは明日の食べ物が得られるかどうか?労働時間は、食事にありつけば好きな時間に昼寝をして、ほかの動物のエサにならないように見張ること。あとはオアシスや降雨など水の確保と妊娠と出産である。ホモサピエンスがまだアフリカ大陸から出る前の話を想像して書いている。出産で人口が増える。さらに養う人が増えて、食料と水を求めた旅が始まる。それと集団の中に必ず、1か所での定着に飽きる好奇心旺盛な若者がいる。人類学ではここのところを、水と食料が不足して移動する必然性が生じると普通書かれているが、私は好奇心旺盛な若者の存在ではと推理する。彼らが『前へ前へ突き進む』原動力になって北上し、結果としてアフリカ大陸を出てユーラシアやアジアへも拡散した。いつの時代も大きな変化を促すのは若者と若者みたいな中年である。異端青年というか変わり者である。異端者がいないと実は発明や発見のない人類史になってしまう。移動しない(移動できない)のは場所への依存になってしまう。今日でも絶えず、住む場所を変える人たちも一定の割合でいる。見える景色が同じでは飽きてしまうのかもしれないし、新しい刺激を求めたい欲求があるのかもしれない。場所依存からの脱却である。そこでホモサピエンスはネアンデルタール人と遭遇して雑婚した形跡もある。


わたしたちは

同時代ドラマ終焉の幕間に

棲息しているが

この黙示録的同時代を凝視するとともに

現代史の一齣でありながら

太古に繋がる市井の生活の眼を掘り起こし

人間の思想の復権を願う者である

真に力ある思想とは

回心を促す思想であり

また

いつも思いも寄らぬ地平から

拓けてくるものであることを信じている

『知の考古学』巻頭言より


 

  1. 人類滅亡の歴史ドラマを描いているような現代の世界ですが、この先の地球の余命は一体何年なのか?もし解明されたとしたら、私たちは一体どのような行動をとるのでしょうね。先が見えないからこそ未来に夢を託して妄想のままに生きているようにも思えます。たとえ一寸先の事さえも誰にもわからないのに、如何にも先が保証された様な暮らしを続けようとしています。予言者とか言う者もいたりして推測するままに明言しますが、これまで予言も当たった試しがありません。つまり誰にも明日や近未来の事はわからずに生きているのでしょうね。いろんな事象を運命とかにすり替える事も多いですが、全ては自然の成り行きしか無いのでしょうね。容赦しない自然も人の手を加えれば加えるほど、ここまで進化?した人類はじめ、あらゆる生物さえも巻き込んで、明日や未来に暗い影を落とし始めましたね。今、この段階で果たして起死回生のチャンスは未だあるのでしょうか?。

    • ダーウィンの遺作が『ミミズ』についてです。進化論を書いたダーウィンが至りついたのは、『そうだ、地面だ。肥沃な土をつくってくれたミミズたちがいないと微生物もいなくて、生物(動物も含めて)が生きるための食糧を作れない』ことに気付いたのです。私たちが歩いているたくさんの地面の下にミミズたちがせっせと自然体で土を作っているのです。化学肥料はずっとずっと先の話ですね。

  2. 人類は今でも弱い存在ですね。強がっているだけで、自然の中で暮らす生物や動物の方が遥かに生命力は強いと思いますね。例え病気になろうが自然治癒ですし、生きるための糧は自給自足ですから、他力本願の我々は、とてもかないません。このままだと、来世は太古と同じく動物たちが支配する世界が来ないとも限りませんよ。そう考えると弱い我々人類は恐怖ですね。今の動物たちの置かれている立場と逆転しますからね。身を守る術を今から考えておかないと。もしかして人間動物園など出来れば怖い話ですね。

    • カラスやスズメなど人間社会に寄生する鳥たちも弱いでしょうね。最強はネズミやゴキブリ、ミミズ。そしてなんと言っても種を飛ばす植物たちでしょう。

  3. アフリカ大陸からでは無く、二十代に本州から北海道に来てしまった私も現代版「流浪の民」になりますね。幼少期に育った田舎から少し離れた山間の街へ、そして一旦都会に憧れて出たものの、最後は北へ向かいました。ほとんど宛もなく、今思えば無謀でした。その後結婚。二子をもうけました。長男は東京で暮らしていましたが戻ってきました。出来の悪い孫は4人ですから、私の流浪が生んだ人口は私たち夫婦を入れて8人になりました。少子化が叫ばれている今なら大歓迎かも知れません。太古と変わらない、一人の気まぐれが子孫を増やす結果にもなる訳です。人の移動によって文化や風習や言語までもが一緒に移動します。当時驚いた地元の方言も今では聞かなくなり、日常に他府県の言語を何気に多く聞くようになりました。それどころか近年海外からの移住者さえも増加傾向にありますから、肌や髪や目の色さえも違う人たちも多くなりましたね。一方、老若男女を問わず、北海道や日本から脱出する人たちも増加傾向に有るのでしょうね。心のシルクロードを桃源郷?を求めて。

    • 私は北海道脱出失敗組です。兄も妹も成功しました、幸せかどうかは知りませんが。失敗したおかげで年老いた両親を看取るこができました。観光客はいいですね。これからの生き方は、全員、観光客になることかもしれません。『こんな国嫌だ』『掃除・洗濯しなくていい』『国民の義務の税金は払わなくて済む』『無責任に行動できる』『旅の恥はかき捨て』。税金を払わず、タックスヘイブンでパナマ文書に書かれたセコムの飯田一族や政治家、家事仕事をしない男たちも含めて、すでに観光客化している人も多いですがね。

  4. お昼休みの使者

    「生活の目を掘り起こす」ことが「思想の復権である」と示す箇所は、相変わらず読み返すたびに痺れます。思想とは、高尚なものでも、まして低俗でもなく、ただただ“身近”なのだと考えさせられます。
    さて、好奇心旺盛な若者説、たいへん興味深いです。携帯依存症という言葉が生まれて間もなくスマートフォンが世に放たれました。発明とは、○○依存症から産まれるのかもしれませんね。

    • そうですね。オタクたちから何か静かな革命的なものが世に放たれる可能性は大いにありですね。最初は必ずたたかれますからめげないで頑張って欲しいと思いますから、一人ではなくサポーターや共鳴者を複数いると安心して前に進めますね。現代は、そういう若者を受け入れやすい風土になっていると思います。(知の考古学)はバックナンバーしか古書店にありません。社会思想社刊ですが、生き残っていればいいのですが。当時、気鋭の学者が手弁当で作って赤字で廃刊を余儀なくされた雑誌です。江戸期の学問やワールブルグ研究所の記事など普段読めない論文がたくさんありました。

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