DSC04953

粘土板のような装丁

「人類はまさに途方もない存在です。火を発見し、都市を建設し、見事な詩を書き、世界を解釈し、神話の神々を絵に描きました。しかし同時に、同胞を相手に戦争を繰り返し、互いに騙しあい、環境を破壊し続けてきました。知的で崇高な美徳と低俗な愚行を合わせて評価すれば、中ぐらいの点数になります。したがって、愚かしさをテーマに語ろうとは言ったものの、これは、半分天才で半分馬鹿という、この人間という存在に対するオマージュなんです」≪もうすぐ絶滅するという紙の書物について≫(ウンベルト・エーコとジャン・クロード・カリエールの対談・序文 阪急コミュニケーション刊行)

「薔薇の名前」で読書界と映画界に新鮮な切り口を与えたイタリアの記号論理学者ウンベルト・エーコ。中世(12世紀)の教会を舞台に次々起きる殺人事件を異端審問員役のションコネリーがシャーロックホームズ並みに謎解きをする。

時代考証(美術)も素晴らしい映画であった。ジャン・ジャック・アノー監督だったと思う。アリストテレスの書いた「笑い」をテーマにした本をめぐり、秘密裏に読み楽しむ独身修道士たちが次々死んでいく話だ。謹厳実直な修道士にとって、笑いはタブーで舌舐めつりで笑いのページをめくるとそこに毒が塗られていることが判明、犯人は大図書館の館長であって、最後は壮大な炎で包まれて書庫及び教会が崩れ落ちる話であった。知的宝庫としての図書館。当時の建築の材質は木造でもあった。

キリスト教では「笑い」とか「愚かさ」とか「エロ」はタブーなのか?≪もうすぐ絶滅するという紙の書物について≫は約450ページあるので。これを1000文字にまとめることはできないが、慣例で15章の表題のみ書かせていただく。わかりづらい題名もあるがご勘弁を。大体の流れはわかるはず。結論からいえば、CDロムやデジタルでの保存は非常に劣化が早い。むしろ紙としての書物の方が湿度さえ保てれば、長生きするという≪紙の書物≫への見直しを説いている。第3章までしか読んでいないが。

1 本は死なない

2 耐久メディアほどはかないものはない

3 鶏が道を横切らなくなるには1世紀かかった

4 ワーテルローの戦いの参加者全員の名前を列挙すること

5 落選者たちの復活戦

6 今日出版される本はいずれもポスト・インキユナビュラである (注:インキュナビラとは15世紀、グーテンベル

グ以降の活版印刷全般を指す)

7 是が非でも私たちのもとに届くことを望んだ書物たち

8 過去についての我々の知識は、馬鹿や間抜けや敵が書いたものに由来している

9 何によっても止められない自己顕示欲

10 珍説愚説礼賛 (注:エラスムス痴愚神礼賛のパロディーか)

11 インターネット、あるいは「記憶抹殺刑」の不可能性

12 炎による検閲 (注:華氏451のレイ・ブラッドベリのSF本を想定しているか。トリュフォーの映画あり)

13 我々が読まなかったすべての本

14 祭壇上のミ典書、「地獄」にかくまわれた非公開本

15 死んだあと蔵書をどうするか

ギリシャ哲学もイスラム教徒が保存をしていなければ、西欧に伝わることはなかった。ギリシャ語→アラビア語→ラテン語という順番で翻訳・伝搬された。西欧文化を支えたアラビア、アラビアのおかげで西欧文明が花開いた。この歴史を何度も何度も反芻する必要があるのではないかと思う

  1. もうすぐ文化の日ですね。文化人と称する人たちへの叙勲が行われますね。文化人?って一体なんでしょうね。文化と言う広いカテゴリーの中で誰かが評価して、きっと、それらの基準を満たした人なのでしょう。科学分野や芸術分野など間口は広いのでしょうね。でも本当の文化は更に広いジャンルではないでしょうか。あのボランティアのおじいちゃんは災害地へ自費で出かけたり、山中で迷子になった幼子を見つけたりしましたが勲章は無いですね。もし、間違って叙勲でもしたら、あの華やかな衣装の園遊会の中に、まるでバカボンのパパよろしく、ねじり鉢巻きで地下足袋で腹巻姿では行きにくいでしょうけどね。世界中で変わった研究をしている人に与えられるイグ・ノーベル賞などは勲章(メダル)は無く、賞状はパソコンでプリントした簡単なもので、旅費・宿泊費は自前らしいですね。文化と言うものは実は華やかなものばかりではなく、人が評価するまでもなく、自然に後世に残る地味なものなのかも知れませんね。

    • 文化鍋もありました。文化は文明よりずっと広い概念で使われてます。普通に暮らしている日々の営みを分析したのが文化人類学でもあります。普通はそんなの意識せず生きている行為ですから。アルタミラの洞窟の絵は無名ですがイキイキしてる。誰にも頼まれず、公園の空き缶やゴミを拾ってる人が文化人かもしれず、ゴミを収集に来る人に勲章はあげたいですね。地域を守る文化人です。文科省はこれを選ぶために1年間ずっと仕事をしているわけで、国が人を選ばないで欲しいものです。たくさんの人が辞退をすれば文化勲章もなくなるはずですが、名誉欲は金銭よりも深いですから、なくなる気配はありません。千葉の災害市町村民や福島原発被害者をみて、この国は平気で棄民する、人々に優しくない官僚で埋め尽くされている気がします。文化なんて口に出すのも恥ずかしくなります。

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。