1)73歳になるとメガネが合わなくなる。近隣への買い物で車の運転はするので、札幌の眼鏡店で3つのメガネをつくろうと思う。運転用と読書用、それにサングラス。20年前に京都へ娘の大学卒業式参加で見栄を張って、度入りのブルーのおしゃれなサングラスをつくった。安くできるようほかの2本のメガネはレンズのみの交換も考えている。最近、参列した葬儀ではメガネは棺に入れることができないので、誰かに捨ててもらうしかない。5月17日に札幌でスターダストレビューのライブを聞いてきた。妻が体調悪くチケットが私に廻ってきたのである。5月17日(土曜)は旧札幌ドームでのサザンオールスターズの初日と重なり「皆さん、本当はサザンに行きたかったが、チケット取れず、おっスターダストレビュウーがあるから来た人多いのでは」と笑いを根元要さんが取っていた。私は後ろの席で加齢で耳も悪く、さらにメガネも焦点が合わず、いいコンサートだったが加齢が視力と耳が邪魔をする。来月はキタラでベルリンフィルがある、一番安い席を買うのでメガネがほしくなった。補聴器がむしろ必要かもしれない。ところでメガネを無くしたとき、ある部分にスマホで場所探しできる機器が取り付けられないかと思うがすでにあるのだろうか?明日、メガネ屋さんで聞いてみる。年金前の大出費だ。好きなだけスマホでステージ写真を撮影OKがあったので、おじさんおばさんのためのオシッコ休憩のステージシーンを掲載します。妻へCD(星屑冒険王)を買ってきた。
2)6月は久々にクラシックだ。2月には妻に誘われて「さだまさし」を聞いてきた。生の声はいいですね。死ぬまでライブ漬けもいい人生かもね。そう思うこのごろです。ものを書くより、歌を聞く、文字が発明される前は朗誦の時代でしたから、より原初の時代に立ち返る気持ちになります。(閑話休題)
文字に頼ることを警告したソクラテス
「文字を使えば、想起するのに手間がかからないから物知りになれる。だが、それは知恵の外見であって、見せかけだけの博識家にすぎない。そんなことになれば、真の知者ではなく、知者を気取る自惚れだけがはびこる、とソクラテスは批判する」(地中海の歴史2 本村凌二 p33)講談社選書メチエ
文字ができる前は声でした。ライブの合間のおしゃべりはそれとして、やはり声とリズムと楽器の迫力と感動は太古の昔から今日まで続いていると思った次第だ。

