西暦と平成が同時に覚えられないほか。

ことしは2017年、平成29年。たぶん公文書に書類を筆者が出すときに間違えそうだ。恥ずかしい話、平成になってから私は年号・西暦で混乱している。西暦だけならなんとか覚えられたが、昭和天皇の死去以降、私の頭は平成の数字に乱されて平静になれない。昭和天皇に思い入れがあるわけではない。


天皇が死去するたびに変わる年号。中学・高校と日本史が苦手だった。苦手の原因。①家系図②天皇の名前③西暦との整合性④日本史のいい教師に会えてない(中学は蓄膿症の教師で鼻ばかり気になり、高校は女性教師で女性史のことばかり力点を置く人であった)⑤北海道は幕末から日本史に登場してくるから、興味が薄く世界史や地理なら大好きだが幕末以前に関心がいかない。。弥生や縄文時代にむしろ親近感が沸く。


明治・大正・昭和・平成と続く年号。生前退位を希望する現天皇であるから、もう次の年号は陰で創られている可能性もある(この記事は1月8日に書かれている)。ここらでおさらいをすると1989年1月7日までが昭和64年。昭和64年はたった7日間しかない。1月8日から平成元年が始まる。1990年を平成2年と覚えると暗算しやすいがどうだろうか。


しかし、年号で時代の特徴も出てくる。天明の大飢饉とか。しかし、天明の頃の天皇は誰であったのか?日本史年表を開いてみると、天明の大飢饉は1783年~1788年。1783年は浅間山も大噴火だ。天皇名は光格(こうかく)天皇。ということは天皇の死をきっかけに元号を変えたのは新しいことで、明治からだと判明。誰がどういう目的でそういう制度を既成事実化したのか?ヨーロッパ列強の法・軍事・科学を真似をするために、国論統一・具体的な人格を持った一人の人間(天皇)を前面に出して庶民をまとめるために、年号の力も借りたかったのではと幕末維新の知恵者が思ったのかもしれない。


いや、年号が先にあって、天皇に年号を被らせたのかもしれない。とにかく、西暦と元号を何とかして欲しい。筆者の希望は、西暦1本でお願いしたい。西暦もキリスト生誕年で宗教色が強いが、一神教批判をしている自分としては矛盾するが、『それを使うのは便利』くらいの感覚で、西暦の1本化ですべての年号に関する法整備をしてほしいと思う今日この頃。生前退位は、認めてあげて差し支えないし(人として認める)、ついでに年号もすっきり。新しい時代の曙になる。ちなみに私の名前は昭二で昭和に生まれた次男坊だ。