戸建を買うのに20年の住宅ローンを組んで58歳のときに完済した。利率4.25%のときなので住宅金融公庫を迂回融資した地元の信用金庫は、いろいろ儲けたと思うが支払い終わって「おめでとうございます」とか「長い間、ご返済ありがとうございます」とか何もない。さらに娘が大学生活で当時の日本育英会から毎月相当額を借りていた学資は娘と私で半額づつ返して65歳で完済した。自宅外の私立なので毎月の支給額も多くて返済には難儀したが、これも完済しても礼状1通も来ない。奨学金は次に借りる人の原資になるから、完済者には礼状は必要だろうと思うのが常識というものだ。
礼状は国からお金を借りた場合、完済するのはあたりまえで、いちいち礼状なんか出せるかい!ということだろうか。個人同士の貸し借りなら、返すとき「ありがとう助かった!」「いやいや、昼ごはんでもごちそうするよ。」という会話が続くが、顔が見えない関係は機械的・無機的・残酷、有無を言わせず返却を迫ってくるから怖い!いまは都銀も旧サラ金を取り込んで、個人融資をしているから(金利は違えどサラ金そっくりさんだ)、低金利にもかかわらず融資先がたくさんみつけられない銀行にとって美味しい融資だ。サラ金の場合、チンピラやヤクザを使って返済を迫ったり、玄関で待ち伏せしたり勤め先に脅しをかけたりしたものだが、法律上、それはできなくなっている。都銀や地銀の場合、遅延が続いたらどういうような取立てをしているのか知りたいものである。取り立ての外注をしているのだろうか。
住宅ローンの話に戻ると、ローンを組んでいる間は不動産の所有者は私ではなく金融機関であり、ローンが終わると私の所有になるが、所有名義変更の手続き(司法書士代行)に数万円のお金を負担させられる。銀行が損をしないよう配慮された法手続きで、頭に来た案件である。現代は35年ローンという化け物が横行している。30歳で買うと終わるのが65歳だ。低金利とはいえこの長さは尋常ではない。ローンを返すために共稼ぎをせざる負えない。子供が大きくなると学校・塾や習い事で教育費が沸騰する。楽しい暮らしが苦しい暮らしに変わって笑いが消えてくる。安い中古で十分なのに無理して新築物件を買う。ローンが終わって思うのは、自分の人生は住宅と教育にお金をつぎ込んだだけで終わるのかという、ある人に言わせれば『十分ではないか』だが、虚無が広がる私である。ローン完済の礼状の話が、実は自分の人生へ礼状が欲しかっただけなのかもしれない。
