英語学校のホームページを作成した知人がお客さんに作品を見せたとき、カナダ人のご主人から『勇気のないホームページだね』と言われ、勇気ある内容に変更した話を聞いた。勇気なんて言葉を久しぶりに聞いたので軽く私もショックを受けた、しかもカナダ人から。さらに勇気とホームページと意味的にどうつながるのか知りたかったが、挑戦的ではない、自己主張的でない、未来志向性が足りないという意味合いだと思う。理科系の知人の性格から考えると、正確で上品で知的な内容に構成したのだと思うが、パンチや迫力、強い主張が足りない、どうも遠慮がちなホームページに見えたのかもしれない。しかし、それを直観とはいえ久しく日本語で聞いていない『勇気がない』というフレーズがカナダ人の口から出たのだから驚きである。彼は新渡戸稲造が英語で書いた『武士道』あたりを読んでいたのかもしれない。きれいな日本人のお嬢さんと結婚して、本格的な英語学校を経営しているのだから、これから生徒をどんどん増やしていい仕事をするぞという決意がホームページから感じられるものにしたかったのだろう。
『勇気がない』の伝でいけば、先日大学生を持つ主婦と話したとき、12月1日は国連が設けた『世界エイズデー』の話から筆者が昔、『エイズ企画〈対談)』を担当してコンドームメーカーへ全社営業周りをして失敗したこと、日本における使用される量が減っていることなどを歩きながら語ると、『ところで最近の若い子、女の子にアタックしないわね、勇気がないのかしら。女の子、待ってるのに!』と。筆者は『なるほどね、例のストーカー法が施行されてから気軽に女性に声をかけづらくなったと言えないかな。薬でも盛らないとアタックできないのかも』と私。昔、早稲田大学にあったスーパーフリー・強姦集団を念頭に置いて話した。付き合う女性を誘うには経験上、ハードルは高いし『勇気が要る』ことで断られたら面目丸つぶれ。ほとんどの男は何回かは経験していることだ。しかし、それを乗り越えないと関門を越えられない。大恥を覚悟でアタックする。それが最近は女性が男性をアタックする、押されおされてゴールンインが多い。
『勇気があるのは女性のほうだ』。結婚に限らず、仕事においても決断力は女性のほうが正確で強いかもしれない。しかし、どうすれば『勇気ある生き方ができるか』ということだが、それは他人が判断することで自分で自分を判断することはできない。一番の他人は異性だから彼女(妻)に聞いてみるといい。それで付き合いが深まるかもしれません。
