待てない人々。

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待つことが少なくなった、携帯やスマホですぐに連絡して、あれこれ遅れる事情を話して待ってもらう。若いときは、喫茶店でのデートが多かったから、必ず喫茶店のマッチを持ったり、そこの電話番号を控えて連絡、店内放送をかけてもらったりした。

待つことを前提に(彼女は時間を守らないとか、経験的に知ってもいるから、待たされてもイライラしないよう必ず本は持っていく。彼女も同じように待たされてもいいような準備をしてくる)。待つ間、今日のデートコースを考えるのも楽しい。小遣いの残高を確認して恥ずかしくないよう、相手から軽蔑されないような振舞いをしないとけなかった。デートで割り勘はあり得ない。

人間で一番待たなければならないのは、子供の成長だ。これだけはもうどうにもならない。20年は面倒を見なくてはいけない。待ち続けないと。いまでは30年待っても親の巣から出て行かない子供も多い。子育て経験者なら全員実感する話だ。30歳の営業マンが「早く定年になって年金生活に入りたい」と筆者に愚痴を漏らしていた。私の芝生が青々と見えるというのだ。ここまで来るのに色々体験した私の長い時間は不問だ。まだ未婚で人生これからというのにもったない発言だ。

でも半面、わかるような気もする。「待っても明るい未来が見えない」のだ。今に集中することでせいぜい明日は明後日は何をする程度で生きればいいけど、今が充実してないと未来はたぶん思うようにやってこない。今を掘る(たとえが変だけど)ことで未来へ突き抜ける気がする。

未来なんて現在の中にもうあるのだということがわかれば、今を掘り下げるだけと思うがどうだろうか。それでも運・不運でリストラや倒産の憂き目に遭ったり、創業社長の2代目ボンクラ社長のお蔭で人生をボロボロにされてる人も知っているが、ここまでくると男と女ではないが相性というほかはない。男同士の相性もけっこう大事で、仕事をするうえで「こいつのためなら働いてやるか。こいつには手柄を渡したくないな」と思うもの。狭量な見方だけど。

政治や社会も「待つ」ことが少なくなり、「あいつは政権批判が多いから降板させよ」とか「平気で言論を封じる」匿名集団が増えてきている。気持ちの悪い社会になってきたものである。企業もすぐに結果を出すよう求められて(誰が求めているかというと投資集団だったり、配当アップを狙う株主)そんなに「待つ」ならすぐに好決算を出す企業へ投資先を鞍替えしてしまうからと。(国民の10%は株式売買をしているらしい)ネット株売買で毎日20代の億マン長者が出ているとも言われる。「瞬間で億マン長者にはなったが、これを何に使おうか」と悩んでいる人の話も聞いたことがある。

そういう時代だから、子育てはわりに合わない。時間とお金がかかる。哺乳動物の中でも親離れするまでかける配慮はホモサピエンスは並大抵ではない。村や部落で共同で育てていた時代もあるし、自分たちの親や祖父母も子育てに参加できれば、苦労を分散できる。そのかわり、老齢になれば面倒を看てもらう。そのサイクルが都市化と核家族進行で崩れた。「お金だけは残してちょうだいね」が遠く離れた子供たちの自分の親へのメッセージだとしたらリアリティあり過ぎで怖い。親としては「もう少し、死ぬまで待って欲しい」。

参考文献 鷲田清一 「待つ」