ブログで今回、はじめて、「絵から言葉を連想した」のがこの1枚。後ろの壁の象形文字は翻訳できず「人類は古来(いつのころか?)より場を持つ者が利益を得ていた」となったのかどうか筆者は読めない。
エジプトでナイルの奥地から巨石を切りだして、船でナイルを下り、さらにトロッコで目的地まで運んだ奴隷たちを思えば、彼らに安らぐ場はない。上野の国立博物館で開催中の秦の始皇帝が在位12年間で、森を切り倒して薪を作り、土をこねて一人一人違う顔をした兵馬桶の圧倒的な物量、同時平行で蛮族侵入を防ぐ万里の長城を築城した奴隷たちを考えると、残酷な歴史だと思う。いくらバサラ(放蕩・蓄財散財)の精神が後世へ城や芸術家保護をした文化を育てたと日本の歴史家は多いけど、庶民としたら、有難迷惑だ。
世界中の国民や民族がイライラしているのが現代だ。アブなくっしくてしょうがない。自分の最期を横たえる畳1枚あれば十分な人生(それさえ、叶わぬ人が圧倒的に多い世の中)。ここだけは私の場。利益はないけど、野垂れ死にだけはしないで済む。第一次世界大戦から現代のシリア内戦まで、戦争で亡くなったたくさんの遺体の写真を見ると、海辺に打ちあげられたシリナ難民の子供の遺体やフランス・アメリカ・ロシア・サウジの爆撃機が都市を破壊、市民をも殺傷している。自分が住む場所ではないところには残酷な振舞いをする人間たち。植民地時代は、その場所からダイヤモンド・金・ココア・紅茶・ウラン・木材・コーヒー・天然ゴム・原油・石像を略奪した。いまは比重が場所の破壊そのものだ。植民地時代よりたちが悪い現代だ。なぜなら略奪するためには、彼らがそこに住まないといけないから都市(町)を建設した。アフリカや東南アジアの首都はそうして宗主国の街並みが残っているのだ。
シリアは戦闘機の乗り手が住む場所ではない。地を這って生きる、店を1軒構えるまでに相当の借金も抱えて、家族を養い、学校へ通わせていた人たちだ。なんら私たちと変わらない人々だ。アメリカのアフガニスタン侵攻から、イラクへ介入・フセインの逮捕・虐殺、フセイン政権を支えた追放された官僚たちが中心に作ったISとその復讐劇が繰り返される。アメリカがイラクへ提供した反フセイン集団への武器が奪取され、武器の死の商人(ユダヤ・ロシアマフィア)から原油販売代金で武器購入、銀行を襲い、金庫の金を盗み、失業したイスラム教徒へ給与と食糧を与えて洗脳を繰り返して、日本の特攻隊の真似をして自爆死行為を行っている。旧日本軍の悪例を世界に撒いてしまった。
私たちの子供や孫の世代に向かい、穏やかな世界を残せないものか。どこにいっても安全に住める。そうなってはじめてオリンピックを開催するのが筋だと思う。メディアで東京オリンピック返上キャンペーンを行って欲しいところだ。東芝もキリンもリクシルも赤字大幅減益、オリンピック協賛どころではない。
古来場を持つ者が利益を得ていた→今は株を持つ者が利益を得ている。→利益は必ずしも永遠ではない。

