先ほど知人を訪ねたら、玄関に木札を垂らしていて、外から来る営業マンに向かって 『ただいま我が家は金欠病』。はっきりしていて素敵なコピーだ。私は笑ってしまっ た。木札の裏側を見ると『現在、我が家は居留守を使っております』。嘘がなく正直 で、セールスマンは笑いながら退散すること請け合い。知人に『この木札をブログに 使わせていただきます』と断ってきたが、30年前に家を購入すると同時に買った札 らしいが、ご主人は学校周りの熱血セールスマン。20代は道営住宅でお隣同士、子 供を預かったり、預けたりののどかな暮らしをしてきた間柄。30年以上、4つの職 場で営業職をしてきた筆者としてはズバリ『営業、一切お断り』『チラシの投函おや めください』は直截でユーモアもなくそこに住む人間のキツサを感じるだけ。『犬の オシッコお断り』の立札と変わらず、なんら知性を感じない。外に向かう言葉には、 そこに住む人の品を出してほしいものである。ジョークを含めて、中学校の授業で ユーモア講座をカリキュラムにして、これには生徒だけでなく、近隣の大人も聞きに 行ける授業として楽しむと大人と子供たちの楽しい授業、社会に出て生徒たちにとっ て一番役立つ授業に大化けするかもしれないと妄想する。しかし、問題はその講師を 誰にするか。全国に故井上ひさしさんがいればいいが・・・。どうやって彼らを育て るかである。そうなると、教師を育成する機関(大学)で、ユーモア・教養講座が必 要かもしれないが、読者それぞれ胸に手を当てて考えてほしいのは、ユーモアのある 人は根っから面白いし、頭がいい。それは実は学ぶ場所は家庭の中が多いし、読書の 中から、もともと身近にユーモリストの知人がいることで学んでいる。聞くほうにも 余裕や教養がないといけないし、『バカ言ってないで、勉強しなさい、稼ぎなさい』 では、生真面目な頭だけがいい、偏差値人間だけを輩出させるだけ。身内の中だけで のジョーク(ときに他人には毒気になる)になってしまう。一番、知性を使うユーモ アに若いころから接していると、スマホのメール返信も微笑み返信となるはず。どこ の国へ行っても、そういうユーモアを言える人は大事にされるような気もする。私は 他国に住んだことはないが。しかし、落語を聞かせるだけでも結構な授業に、安上が りの授業になるかもしれない。山下達郎は子供のころからおじいさんに連れられて寄 席へ行った。どうりで、反骨でよくしゃべる。
