1月16日、胃潰瘍で痛みにドタバタした私の話を書いたが、「痛み」といえば会社の同僚が急性骨髄性白血病を60歳で発症、約2年間、闘病で苦しみながら亡くなったことを思い出した。彼の激しい痛みから見ると、自分の胃の痛み程度はまだまだ。彼は個室のベッドから逃げないよう柵を付けられ、私に「もうこの病院はいいから、俺を自宅に戻してくれ!」言ったが、「まだ無理だよ、もう少しの辛抱だよ」と答えた。ここに至るまでに、彼の骨髄の型に合う登録者がいて、病院側からバンクを通じて本人に骨髄移植の件で連絡したら「親から危ないからダメ出しされた」と返事。当初、私に「見つかったよ、俺の骨髄の型に合う人が。年齢や性別はわからないがね」と嬉しそうに話していたから、それが中止になったと聞いたとき、彼の心中を思うといたたまれなくなる。笑顔は消えたし、それを境に、彼の「痛い!痛い!」の叫びは、単に医学的な痛みだけではなくて、目の前が真っ暗闇、ろうそくの明かりさえないところに追い込まれた、ハートの痛みが加わっていたのだろうと思う。同業他社の人間が彼を見舞いに行くと、「もう、痛い痛いと叫んでいて、彼の病室に入れず、そのまま帰ってきた」と電話があった。余りの痛さに「殺してくれ」と叫ぶ患者もいる。手の施しようのない強烈な痛みを伴う病気。親族もどうしていいかわからない。そういう場面は確かにある。きょう苫小牧市役所へ用事で行ったとき、駅前から見えるレンガ色の病院を見て、見舞いに行ったことを思い出した。「もうこの病院はいいから、俺を自宅に戻してくれ」。それにしても1月の苫小牧の風は冷たい。そして道路は広過ぎる。「
