「類は友を呼ぶ」と言われるが、自分も現役時代、似たもの同士のところに身を置いていたような気もする。一括りで「〇〇派」みたいな呼び方を、外からされていた、特に女子社員の観察は鋭い。そんなことを後から聞いた。気づかないところで、居心地のいい場所へ,日の当たるところへ移動する猫のような社会人であったのかとも思う。
しかしなぜ同類が集まるのだろうか。居心地がいいとは、自分を肯定的に見てくれる人たち、日当たりがいいとは、そこにいるとポカポカ暖かい目線や視線を感じる。いま考えると、それは何も筆者の属した集団だけでなくて、むしろ営業に敵対する勢力もあった。
デザイナーやプランナーの制作室の人たちだ。そこはまた、営業がいなくなれば酒盛り始めたり、営業の悪口を言い、青天井の残業代をがっぽりいただく人たちだ。なぜ、毎日、そんなに残業をするのか考えたら女性含めて、未婚であったり(早く帰ると冬なら暖房代がかかるし、夏なら部屋にクーラーもなく暑い)、結婚しても子供のいない夫婦も多かった。制作室の残業は現在でも広告業界では常態で、彼らは「うるさい営業がいなくなると、静かで集中力が出て、いいコピーや企画書を書ける。」と言われた。
営業が仕事を持ってくる苦労へのリスペクトが少ないし、売れない営業へ、「こんないい企画なのに売上を出せない営業マンは無能」と批判していた人もいた。他社も似たり寄ったりで、企業規模は違っても営業と制作室の対立は起きていた。これをシャッフルすることもあったが、うまくいかない。
慣れが馴れを生んでいて、制作室長が営業職についたとたん「うつ病」を発症、長期休暇に入った。スポンサーが話を聴く姿勢を取ってくれれば、上手に話せるのに、そこへ行くまでに逡巡する。ソファや椅子に座るまでが大変。手足が震える人もいた。制作室から嫌々営業へきたものの、喫茶店で午前を過ごし、昼ご飯を食べて、午後はまたどこかで時間つぶしの習慣を身に着ける人もいた。
「営業に出て年収で100万円下がった」とも言っていた。月に約10万円、残業代をもらっていたのだと気づいた瞬間だ。現代、ブラック残業から考えると当時はゴールデン残業だったのだ。近所の寿司屋から上天丼を取って、会議費で落としたり、経費もよく使っていた。出社すると入口に寿司桶やどんぶりが置いてあった。
かく言う営業職も飲み食い代はAとBという店、スナックC、寿司屋のDはツケがOKだった。しかし、こういうことが長く続くわけがない。アチコチで金銭トラブルが発生。金銭感覚がマヒをしてきて不祥事続出。この世界は「あの人するから私もする。みんなですれば怖くない」。怖い世界だ。感覚の麻痺が麻痺でなくなり、金銭トラブルは地獄へ一直線。見つかる前に退職する者もいた。
表題の「人間は放っておくと同類が集まる」だが、金の匂い・権力の匂い・趣味の匂い・敵を同じくする匂い・酒好きの匂い・育ちが同じような匂い・・・・こんな匂いを嗅ぎつける虫たちのようだ。自己保身のために原始的な脳の部位が働くともいえる。大昔から打ち寄せる波のごとく繰り返す人間の業か。
ニュースにならないが、モミ消された事件が圧倒的に多い。殺人を自殺に見せかけたりする犯罪、交通事故の正面衝突が実は借金の返済をするための意図的な事故死だったりする。とりとめのないブログになってしまった。

