小さな仕事をこつこつと

Posted by seto

近郊の農場  ハウス栽培 レタス  筆者撮影

働く場所があって、隣に他人がいて、毎日朝ご飯が食べれて、一日1回は笑うことができて、雨が降ればとりあえず屋根のある家に住んでいる。停電があれば乾電池があってラジオと1週間くらいの備蓄食料と携帯コンロがあって、時間をつぶせる本もあり、懐中電灯とローソクで寝るまでの時間を焦らず生きれる。灯油タンクがあって石油ストーブでもあれば寒い秋・冬・早春も過ごせる。ガレージに木炭があり、七輪もあり外で食事も作れる。スマホ充電できず、バッテリーがなくなればそれから本当の家族の肉声の伴った会話が始まるかもしれない。小学生のとき作った糸電話。紙コップのセンターに小さな穴を開けて糸を通してお互いで電話ごっこをしたものだ。糸の震える振動で伝える発明品だが、せいぜい1mしか離れていないから生の声は糸がなくても聞こえる。お互いゲラゲラ笑ったものである。おかしい電話だが面白いと。糸を緩めよりピンと張ると声がよく聞こえるとか発見もある。大きな事件のない日常生活だが非日常生活に慣れてくると普通の暮らしを忘れてくる。非日常はイベントであったり、スポーツであったり、演劇やグルメだったり、広告のコピー文であったり、テレビの世界やインターネットの世界であったりする。非日常が日常をたくさん覆っていた社会が、新型コロナウィルスで裸の日常生活が露見してきた。当たり前の暮らしや日常がとれほど尊いことなのか見えてきた。隣近所の人との優しい会話がどれほどありがたいかもわかってきた。北海道でなかなか減らないコロナ感染者数に友人からの心配電話やメールも増えてきた。趣味や嗜好や好き嫌いを超えて、これまで分断された人間関係がコロナのお蔭で人間関係や家族同士の会話が増えてきたような気がする。日々、毎日の暮らしや雇用で苦しんでいる人たちと話すことが多い私だが、次元を変えてふと思ったことを書いてみた。小さな仕事をこつこつしよう。密なおしゃべりをしようと。