2月の雑談。

1月下旬、妻が3泊4日東京へ。私はいずれどちらかが一人になるので私が残された場合を考えて『飯づくりのいい経験だ』と張り切って4日間の朝・昼・夕のメニューを考え、外食利用せず、冷凍食を使わず、台所ですべて料理をした。ここまではいいいが、だんだん飽きてきた。

旦那さんに早く死なれて、パーキンソンが進行していた隣のおばあちゃんに土日買い物をしてあげていたが、『できたおかずを買ってきて。材料ではなくてね』と言われて、魚もすでに焼いたサンマやニシン、カレイ揚げや焼き鳥などだ。『作る気がしない』と何度も言っていたのを思い出した。餃子も冷凍ではなく、火を使わず、すぐに食べれるギョウザだ。そして『一緒に食べようと』言われるので、ついつい私も自分が食べたいものを買ってくるようになった。『食べるときは誰かと食べると楽しく、美味しいよね。ワイワイ賑やかに』。彼女曰く『貧しかった社宅暮らしでも二人の子供と賑やかに暮らしていたころが一番楽しかった。今はお金には困らないが、全然楽しくない、貧乏なころが楽しかった。どこを切り詰めて暮らすとか真剣に考えていたからね。暮らしはどうにかなるものよ』二人のお子さんは結婚しているがどちらにも子供が授からず孫はいない。亡くなったご主人は子供好きで私の子どもにお年玉もくれた。『いつでも神棚に10万円置いているから、急に入用なら貸してあげるよ』と。私も国鉄アパートや長屋暮らしを知っているから、困ったときのお互い様感性は生きている。

隣のおばあちゃんもそうだが、子育てまい進、住宅ローン借金そして終わり、両親を4人見送り、子供二人独立、やれやれと筆者も思ったが、急にあれっ、背負う荷物が無くなった。背負う荷物がみんな片付けば楽々人生かと思いきやそうではなかった。これで、妻が先に逝き、私ひとり残されればどんな人生になるか想像する。その訓練を最初に書いた。見通し暗い。生きるために食事を作る最初のところでつまづいている。ご飯を考え、作り、食べ、後片付けし、昼ごはん考え、次は夕食。一日は食事だけでぐるぐる回る。これをしながら仕事をする主婦って怪物に見えてくる。さらに風呂の用意と洗濯をして生きるとは。主婦恐るべし。さらに男社会のストレスを直接浴びて帰宅する。子供も思うように育たないし、旦那も仕事の口実で夜が遅い。優しいねぎらいの言葉も少ない。