

NHKの番組で、昔、ギリシャのパルテノン神殿をCGを使って、ゼネコンの協力のもと、真っ白なパルテノンが実はエジプトにそっくりの色を施されていた建物に再現するドキュメンタリーがあった。
きっかけは大英博物館に「ハケと化学薬品」が残っていて、それを使ってパルテノン神殿の彩色を落として、いかにもギリシャは白人の文化の源流であるかのごとき伝説を作ることに、建築面からも後ろ押ししようとしたらしい。養老孟司さんと理論物理学者の佐治晴夫さんの対談本(わかるこてはかわること)でエジプトを養老さんが旅したとき「なあんだ、ギリシャの建築物はエジプトの小さなコピーではないか?だから英国やフランスがエジプトからたくさんの建築物を持っていったんだ」。
ヨーロッパの源流を私たちは、必ずギリシャに求める(どういわけか教科書は判で押したように真っ白なパルテノンの写真が載っている)。ギリシャ建築はエジプトがお師匠で作られている。狭い地中海のこと、あちこちを行き来していたことを思えば、孤立した文化や文明はなくて、お互い影響しあっていた。エジプトの職人がギリシャに渡ってパルテノン神殿や数々の彫刻を作っていたと考えるほうが自然ではないか。

そう考えると、母国で製作した建築物をギリシャの土地面積に合わせてつくったのがパルテノン神殿、当然エジプト同様の彩色も施す。文化や文明は流れであるから、静止的な孤立したものはない。奈良や平安時代に作られた寺社仏閣や仏教彫刻も朝鮮半島から渡ってきた人々が数多く参加していることも同じ現象である。単独の孤立したものとして文化を見ると妙な純粋主義が出てくる。人も部族集団も宗教も流れがあってはじめて存在する。
私にしてもたくさんの先祖や取り巻いた関係者、知人たちがあって、今日ここにいる。自分、自分、個人、個人とあんまり語り過ぎる、力こぶ入れて主張するからおかしなことになるので、お互いの関係性を認めて生きれば、より納得いく生き方や関わりを持てるのではないかと、パルテノン神殿とエジプトの神殿の相似性を考えて思った。
イスラムなかりせば今日の西欧もなく(すべてのギリシャの文物はアラビアで翻訳されて保存されて西洋に伝達された)、西欧なければ原油を掘り当て・掘削する技術もなく、イギリスの二枚舌で混乱を招いたアラブとイスラエル関係であるが、これ以上、殺戮を増やさないよう、文化の相互性を、文明の相乗りをしていこうと寛容さを前面に出さないと、人間の未来は相当に暗いものになる。
アメリカもミニイギリスであるから、大統領は真っ先に親分イギリスに拝謁する。相変わらずの英語帝国主義(ドイツのエンテェンスベルガーの命名)が続きそうだ。21世紀になって、文明が進めば「人間の理性は開花して、非合理的な宗教は魔術からの離脱で宗教は縮小して、いずれなくなる」と思いきや、むしろアメリカでもプロテスタントは減っても福音主義(聖書に基盤を置く)が原理主義として現れて信者を増やしている。なぜだろうか?エジプトの建築物がギリシャで移築されたように、宗教も時を越えて現代のあちこちに移築されてるようだ。宗教もひとつの建築物考えれば病気の人、不幸感を抱えてる人にすばやく心の中で建てられる。
