4月のコーヒータイム・・ニセコ現況。

ヒラフ側から羊蹄山、筆者撮影

桜満開の写真が大分から送られてきたが、北海道はまだ肌寒い。庭のベンチの雪囲いを外して、芝生の真ん中に移動した。エアコンの室外機を守っていたビニールも取り去り、いつでも暖房できるよう準備だ。雪もすっかり解けて春が近い。自宅前をニセコに別荘を買い、奥さんは自宅から土曜・日曜にニセコに通う優雅な定年族と挨拶。曰く『ニセコの別荘が現在、買ったときの値段の倍の価値を生み出している』と微笑んでいた。ニセコは私の父の故郷なので、死んだ父も現在のニセコを見て目を丸くしているだろう。爺さんはニセコに山を持っていたから、父が相続でもしていたら財産持ちになっていたかもしれない。あいにく次男坊で長男へすべて財産移動。『台湾人も別荘を求めてくるので、自分の別荘の近くも開発をしてくる。本当は回りにどこの別荘も建ってほしくない。景観が壊れるから』と。『スーパーの売上げも半端ではなくて、高級な牛肉を大量に買い付けに来る。バーベキューパーティを自宅でするのだろう。まだニセコは残雪が多いから外は無理だ。スキーの後に焼肉だ。』ニセコの不動産開発は、小樽の建設・土木業者を活気付かせている。リフォームも多い。手が足りないくらいだ。40年くらい前に東洋信販という会社(倒産)が医者向けに『ドクタービレッジ』というネーミングで別荘販売を始めたが失敗した。原因は積雪量が多過ぎて、インフラ整備も遅れていたから。1昨年、比羅夫のホテルに1泊した筆者は『ここはどこの国?』という印象であった。無国籍風のエリアが出現しつつある。ご存知のようにニセコは作家『有島武郎』の農場があったところ。戦後、有島農場を小作人に開放して、自身は自殺した。ニセコは元々反抗的な気風を育てるという。そういう意味で長野県の信濃に似ていると筆者は密かに思っていた。ここの元町長が現在、立憲民主党の逢坂誠二さんである。ここの雪でスキーをしようとやってきたのが南半球で豊かな暮らしをしているオーストラリア人である。彼らが呼び水となって、中国・台湾・カナダ・アメリカから続々やってきた。スノボ大好きな浪速からも季節限定『たこ焼きや』で日銭を稼いでやってきた。ニセコの小学生はスキーを上手に滑れるよう、年間3000円でリフト乗り放題。クラスには各国の子供もいてバイリンガル環境に慣れている。5年10年20年したら、ここからまた世界へ飛び出していく人が生まれるかもしれない。