「この犬は僕のだ」(パスカル・パンセ295)

争いや戦争の原因、不幸の原因に横たわる人間の心的心持ををパスカル

「この犬は僕のだ」と、あの坊やたちが言っていた。「これは、僕の日向ぼっこの場所だ」。ここに全地球上の横領の始まりと、縮図がある。(パンセ 295)

犬をお金や土地や水や油や彼・彼女の財産や親の遺産・地下資源・ここの地位や権力は僕のものなど置き換えると、よくわかる。選挙にこれをあてはめると、ここの地盤は僕のもの、この団体は私の票田。営業先でいえばここの会社の宣伝は私のもの、私は何度も追い出された記憶がある。そして、戦いになると目の色が変わる人が多い。それはあの人が元々あった性格というより、誰しも同じ状況になると「天使になろうとして豚になったり」「善人だった人も残虐な人に変貌する」。紙一重の世界に生きていて、それは小さな子供の世界から老人ホームまで、古代から21世紀まで、いや23世紀まで世界中の大陸間で日々、残虐ゲームが多発して終ることがない。

パスカルが気を紛らわすこととして パンセ139

人間のさまざまな立ち騒ぎ、宮廷や戦争で身をさらす危険や苦労、そこから生ずるかくも多くの争いや、情念や、大胆でしばしばよこしまな企て等々について、ときたま考えたときに、私がよく言ったことは、人間の不幸というものは、みなただ一つのこと、すなわち、部屋の中に静かに休んでいられないことからおこるものだということである。」92

新潮文庫 パンセ 前田陽一訳

2 thoughts on “「この犬は僕のだ」(パスカル・パンセ295)

  • 2026年7月11日 at 12:25 PM
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    今はなるべく家でジッとしています。しかし我慢できない多動性ですから何かにつけて理由をつけて飛び出したくなります。しかし、これまで自分の活動エリアだった街中に出て見ればすっかり時代は変わって来ています。それにつれて一般常識も大きく様変わりしている事に気づきますね。自分の得意な仕事、自分の得意なジャンルなど自分で勝手にたまたま作り上げていただけで、自分の物など本来は一つも無かった事を思い知らされますね。

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    • 2026年7月11日 at 8:36 PM
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      私も落ち着き有りません。40年間の営業で走り回っていましたからね。先日、道新がカラーーで石山にある札幌軟石の特集記事がありました。私が28年前に某新聞で15段記事「札幌軟石」を企画提案したら辻石材から150万もらった記憶が蘇りました。幼いころから石が好きで拾ったり、舐めたりしていました。小学生のころ藻南へ行き、軟石を見ていましたからね。新聞をカラーコピーして某新聞社の東京で仕事をしている彼に郵便で送ると28年前の記事が添付して私に送られてきました。彼曰く「自分の関わった仕事は全部ファイルしているのですぐに見つけられると」。樽前山の火山について、北大の地質学の先生に話を聞きに行ったり、楽しい仕事を次々ヒットさせた私でした。景気が良かったんですね。私も若かった。じっとしてられないから、動き回っていたんだと思います。一昨日、恐竜展を見に北大博物館に行きました。万歩計で1万歩きました。さすがに足にガタがきました。

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