老健施設の医師と口論

舞鶴橋
鮭の遡上する川・橋の塗装工事のための囲い
柳3
近所の郷土資料館前の柳

84歳の母の入居した老健施設は、入居者100名の東京に本社のある大手の有料老人ホームBライフ札幌の施設だった。私の職場近くでもあって、残り4室ということで、名古屋にいる兄へ電話。すぐに押さえたらということで契約をした。

ほぼ満床の人気施設ではあったが、本社のトップが株や投資が好きで、失敗。すべてのしわ寄せは経費の切り詰めという形で現場に押し寄せた。受付事務をやっていた女性は昼ごはんの配膳も兼ねるなど、これまでの業務にさらに仕事を倍加された。話が違うと辞めていく社員も出て、母は「せっかく親しくなったのに担当がころころ変わられるのは困ったものだ」と愚痴を言う。「なんだか料理が前よりまずい」。聞くと入札で安い業者に変えられたのだ。母は寂しさもあって、施設の人とのお喋りが大好きだから、職員は会社への不平不満を老人に言って、母は耳で施設の現状を把握していたのだ。

自分はお嬢様育ちと勘違いしていて、若いころの大阪暮らしで宝塚通いをしていたのが自慢だった。母はトイレのときにボタンを押す回数が多い。以前なら、職員数も多くて、それに十分対応できていたが、夜間も含めて人数足りず、常時人事募集をかけていた。 1階には内科診察室があり、毎週1回受診ができる。近くの内科の医師が往診にくるのだ。

一度、母を連れてその内科へ行くも住宅街にあるにもかかわらず、患者はこの施設以外の人は来ない、施設と癒着した病院であったことが判明。さらに、ここの3人の看護師のお粗末な処置で、嚥下が悪くのどを2回詰まらせても、食べ物を取ることができず、喉から血を出す羽目になり、救急車が出動。総合内科へ連れて行った。そこの看護師は簡単に処置をする。「あの施設は、看護師が3人いるんだけど」と皮肉交じりに言う。

あるとき母を訪ねていくと、寝ていることが多くあった。 加齢のせいもあるけど、飲んでる薬を調べると、朝・昼・夜に抗鬱剤を2錠飲んでいる。テンションが上がるどころか、眠り姫にさせられるということで内科へ抗議に行った。「私の処置に不満なら、もうあなたのお母さんを看ることはできません」と断言されて、「それでも医師ですか?」と私。「薬を減らすとか、違う弱い精神安定剤にするとか工夫があるでしょう?」。素人の私に指示されて、医師のプライドズタズタ。

その後、母の主治医は、喉つまりを治してくれた看護師のいる病院に。 しかし、そこで言われたのは「何があってもおかしくない年齢ですが、胃ろうはしませんから、その点に同意してくれるなら主治医を引き受ける」と。兄・妹へ電話確認。胃ろうはしないことに決定、その病院へ通うことにした。 5年後、89歳で死去した。

老人施設と強過ぎる提携の内科関係は、十分見極めて、おかしいなと思ったら、提携外の病院に行くことを勧める。一度、施設で母の容態が危なくなって脳神経外科に救急車で運ばれた時も、血液検査でカリウム超不足。そこの医師は首をかしげ「点滴を1本、2本早めに打てば、ここまで悪化しないのですがね」と。おかしい医療関係者の多い施設だった。