偶然の重なりで大きな事故に。

 

首輪
近在で発掘された縄文人の首飾り

滝2

人生の角々に偶然あり・・という実感をたくさんの人が日々体験しているわけで、言葉で説明すると嘘になるような生死の境目もあって、たとえば1分1秒、そこを早くか遅くに通過すれば遭わずに済んだ交通事故もある。

知人に法事の帰り、タバコのショートホープが切れていることに気付いて、タバコの自販機が置いてあるいつもと違う道路を走ったがゆえに頑丈なBMWに正面追突されて重傷を負った。彼の乗っていた車も偶然、知人から購入したばかりのHONDAアコード。アコードもBMWほどではないが、中古で固いボディーで助かった。医者の話ではあと数ミリ頸椎に近いと植物人間になる可能性もあったと。幾つもの偶然が重なって一命を取り留めた彼は、退院後、彼にアコードを売ってくれた人に大感謝をしていた。この事故から、彼は車の運転は止めた。

実は私も大きな交通事故を起こした。32歳のときだ。大きな道路から1本入った道で、一時停止を繰り返して前に進む直線道路だった。結婚して3回目の転職を考えていて、ラジオでロスオリンピックの男子マラソンを聞きながらある喫茶店を探していた。宋兄弟や瀬古が走っていた。ラジオに夢中、転職のことで頭がいっぱい、喫茶店探し、一時停止の繰り返し。

ところが、そこは一時停止ではなくて赤信号だった。発進と同時に私の運転席に車がドーンとぶつかってきた。交差点で私の車はくるくる回り、コンクリートの電信柱に後部をぶつけて止まる。軽自動車はフロントはめくりあがり、運転手は気絶していた。ラジエーターの水がしたたり落ちていた。不動産屋さんがすぐに警察に電話して、妻と娘と軽自動車の運転手を近所の外科へ救急車で運んだ。

偶然、前と後ろの固い柱部分(ピラー)にぶつかったがゆえに私のドアは凹んだけれど足の骨折はなかった。HONDAアコードだ。相手は信用金庫の営業マン。車にはお金を積んでいて、すぐに同僚が金の回収にきた。私に向かって「いくら自分が100%正しくても事故を起こすと自分の出世に響くので、示談にできないでしょうか?」と言われた。こちらも助かった。

次の日に、彼の勤める信金へ菓子折りを持って上司に頭を下げた。「お互い、大けがをしなくてよかったね」と被害者の上司から言われた時のうれしかった事。「何か、具合が悪くなったりしたら、必ず私へ連絡ください」と言って別れたが、その後、何の連絡もない。ただ、当時3歳の娘が衝突時、天井に頭をぶつけてそのときできたコブが30年経過しても天頂に残っている。申し訳なかった。

私にぶつかってきたのがもし大型トラックだとしたら、ぞっとする。いまここでブログなんて書いていないかもしれない。最初に書いたように1分1秒の違いで、人生が大幅に塗りかえられる。28歳のときに、高校の同級生と喫茶店で待ち合わせをして10分遅刻したがゆえに地下鉄の階段で3年ぶりに出会ったのがいまの妻だ。学生時代に小樽に寿司を6人で食べに行き、お互い、生意気なやつという印象で別れたのに。偶然にもいろいろある。大きな仕事をとれた時も偶然の要素もあるかもしれない。