私の通う図書館は以前は、市職員とパート労働者の職場だった。いまは館長だけが市の職員で、あとは東京の図書館業務を受託する大手の会社と契約している派遣社員だ。きびきび働いて、あいさつや返事にどこかコンビニに来たような錯覚を持つ。
私のアルバイト先の西洋骨董店に35歳の女性がいて、笑顔や挨拶が素晴らしいので前職を聞いたら、東京ディズニーランドで働いていたとのこと。どうりで嫌味のない素晴らしい応対をするものだ。子供を3人抱えていて、自宅では怒鳴ってますよと笑っていたが。若いころの苦労や努力が身に着いたことが大きな彼女の財産になっている。というより、元々、そういう躾を親から受けていたのかもしれない。
逆に、若い時からたくさんお金を持ち、学びや社会訓練を欠如した男の末路は哀れだ、悲しいけれど。(鉄は熱いうちに打て)(かわいい子には旅させよ)(社長の御曹司でも丁稚奉公から)。固まった鉄にハンマーを打ち下ろしてもビクともしない(価値観変わらず)、感受性が衰えてどこへ旅をしても学びは狭い、若いときに世間の荒海で鍛えなさい。
子供が自宅から出るという行為は凄いことで、暮らすと言うことがこんなに大変なことなのかと教える生きた学び舎である。(そう言う私は大学へ7年通い退学して27歳まで親のすねかじり。偉そうなことは言えない)。そう考えると、自分の子育て〈終わってしまったが)は落第点だなあと思う。そもそも子育てに参加していない。給料だけの参加だ。
ここで子供を怒る場面を叱れず、タイミングがずれて喜劇になってしまう。私は実は親から怒られたり、注意されて育った記憶がない。自慢することではないけれど。箸の持ち方も小指と薬指に箸を挟んで使う奇癖が取れない。女性とランチを食べるときは、イタリアンが多かったのもみっともない箸使いを見せたくないからだ。こういう癖は子供のころに親から注意されたかったと思う瞬間である。意識して治すときもあるが次の日には戻っている。
私の兄も妹も、することがなくなると鼻の穴を掘り始める。妻がそれを見て、私の家系は鼻の穴を掘り始める家柄と納得する。両親も鼻に人差し指を入れていたか記憶が定かではない。そうだとすると、これは両親の故郷・四国の徳島にまでさかのぼるかもしれないね。癖は遺伝ではなくて学習なのかどうか。学習なら真似だ。学びの語源は「真似る」だからしょうがないか。今度、電車の中で見つけた面白い癖特集でも書こうと思う。ネタを集めないと。

