どうして女性は”いい人”を好きにならないのか?

知人からブログネタを提供された。テーマは『どうして女性は”いい人”を好きにならないか?』である。これは外国のブログ記事。女性の大半の意見は”いい人”はアピールポイントにならない、”いい人”はデフォルト設定(IT用語で初期設定、必要最低限のこと)をしているだけで、どちらかといえば退屈な人と判断される。だから『あなたはいい人ね』は、あなたが自分で自分を思うほど好かれていないと判断するほうが間違いない。女性は”個性”に魅力を感じるらしい。個性は、面白さや機知に富んでいる、優しさ、思慮深さ、情の深さを持っている男たちだ。そういえば私が昔から全然もてなかったのは、単に”いい人”ぶっていただけであったかとため息をつく。さもありなんである。この部分を男の側から批判してみても始まらない。結果が出ているのだから、そうかと認めるほかないのである。とはいえ”いい人”ってなんだと思う。どうも具体像が出てこない。恥ずかしながら、類は友を呼ぶの格言の通り、私の周囲には女性にもてたと悩みを打ち明ける友はいないので、モデルがいない。そもそも誰も彼女を持っていなかった。さらに私の高校・大学時代は政治の季節で恋愛より政治の話であった。恋愛を語る者は軟弱とも言われて軽蔑された不思議な時代でもあって、男の自然の性欲と恋愛が抑圧されていたように思う。話変わって、好かれる男は、仕事をテキパキこなせて、決断と責任を背負って結果を出す人だと思うが、そして同性から信頼感が厚い人だろうと推測する。話も個別性の強い話ができて(自分のしている趣味やスポーツ)説得力もあって、機知に富んで話題も豊富、お金もそこそこ自由に使えて気前がいい、言葉遣いも丁寧で、ときどき気障でヤクザっぽくて、お洒落にもさりげなさが漂い、誰にも親切で芸能やテレビをよく見ていて吉本やテレビドラマ出演の俳優にも詳しく、人間関係も各界に豊かに持っていて、少しH度もあって、楽器の一つ二つ演奏できて笑顔が可愛い。しかし、そんな男はいない。なんだか書いていて、だんだんヤケになってきた。こういう世界と遠いところで生きてきたわが青春であった。そもそも女性に声をかけることができない私であったから。ということは、このテーマを書く資格が自分にはなかったことが発覚した。しかし、これだけは言える。『尊敬』であった。竹内まりやは山下達郎を尊敬している。スシュガーベイブのころから。