田辺聖子『人生の甘美なしたたり』(角川文庫 131p)。『オトナ(中年)というものは、じっとそこにいるだけでも臭いものである。説教臭、自慢臭、ヒガミ臭、イバリ臭、・・・・』。なるほどそうかもしれない。説教、自慢、ヒガミ、イバリが多くなると、自分は中年に差し掛かっていると思ったほうがいいかもしれない。筆者などは毎日のように妻から言われることが(クドイ)である。これは中年を超えて老年に入っている証拠かもしれない。臭いも精神的な臭さではなくて、肉体から発する老臭かもしれない。しかし、『じっとそこにいるだけでも臭い』という表現は凄い。実際に、筆者も存在を隠すように、若い人に負担にならぬように気をつけてはいるが、ついつい余計なことを言ってしまって呆れられることもある。どこか自慢話になってはいないか気をつけるが、何せ受け取る側が『それは自慢話だわ』と思われるといたしかたない。しかし、田辺聖子さん的には、どういう生き方がオトナの生き方なのか考えてみると、この逆。説教しない、自慢しない、ヒガマない、イバラないなど。ウーン、毎日、他人との接触でそういう生き方は奇跡に近いかもしれない。成功体験の多い人や社員教育をする人、物知りを自称する人、肩書きに酔う人など気をつけたいことではあるが、あんまりこの点にこだわりすぎると自分の生き方の自由度が落ちるので痛し痒しである。聖人君子みたいな生き方は無理だと私は白旗を挙げてしまう。
