札幌時計台の隣に大きなテナントビルがあって、その地下に立ち飲み屋があった。午後4時であるが女性が2人楽しそうに店主と語らいながらアルコールを飲んでいた。隣のテナントの人に聞くと、建前は午後4時開店ではあるがもっと前から開店していて、5時を過ぎるとサラリーマンが続々やってくる。1000円札1枚2枚使って長い時間立っていると報告してくれた。居酒屋よりお客の回転がいいはずなので、ビルテナントの活気を呼ぶのにもいい。
さっそくイベント中止で売上減少で悩んでいる広告会社の役員へ電話して『立ち飲み屋の経営』について聞いてみたが『ああ、あれね、札幌にたくさんあるよ』でチョン。台湾で焼き鳥屋ができないか模索していた彼なのでヒントになるかなと思ったがダメだった。私が30年間携わった広告代理店業界は、雪まつりや大通り公園のフェスタ中止で悲惨な状況だ。イベント1件で関連する仕事を自分の体験で語れば、印刷会社、外注のデザイン企画会社、カメラマン、モデル、イベント当日のテントや椅子のレンタル会社、看板業者、CMを流すテレビ局と新聞社、イベントに併設される飲食関連、アルバイトを頼む学生、幟などの旗屋もあるかもしれない。これが一挙に20件や30件に上る。広告代理店は、金融機関から見たら信用度の低い業態で、相当な預金や一等地の不動産でも担保にできないとお金を貸さない業種だ。金融機関そのものも危ない環境だから、以前にもあったが、銀行の存続のためなら中小企業をつぶすのは平気である、残酷ながら。親会社も平気で子会社を切る。
これが現実で札幌に限らず、どこの都市でも起きていることだ。ある人から50歳でデザイン会社を経営しているが仕事が減って閉めようと思うので、どこかで仕事はないだろうか相談された。いま調べているが即答はない。非正規雇用が2000万人というこの国で、どうしたら未来へ生きる知恵があるのか私にも30代の二人の子供と8歳の孫がいるので気が気ではない。(数字は2021年7月総務省統計)
内田樹さんがどこかで生き延びるために大事な3つのことを書いていた。一つは何でも食べれること、二つ目はどこでも眠れること、三つ目が誰とも友達になれることと書いていた。食べて寝て友達としゃべる。これは国境を越えても通じる話で、小松左京の『日本沈没』の第二部が、日本大陸が物理的に海に沈み、生き残った日本人は大陸を漂流する民族になりまたいつかどこかで国をつくるのか、外で外国に住み続けその国に溶け込んでいくのか人間像を描いていたと記憶する。日常の基本中の基本は世界どこでも同じで、それは日本国内のどこの都市でも企業の中でも通用することだと思うがどうだろうか。そういう私は野菜が苦手、場所が変わると眠れない、人見知りが激しい。なので正反対の生き方を心がけて欲しいと思う。
