「この犬は僕のだ」(パンセ295)

争いや戦争の原因、不幸の原因に横たわる人間の心的心持ををパスカルは言う。新潮文庫 前田陽一訳

「この犬は僕のだ」と、あの坊やたちが言っていた。「これは、僕の日向ぼっこの場所だ」。ここに全地球上の横領の始まりと、縮図がある。(パンセ 295)

犬をお金や土地や水や油や彼・彼女の財産や親の遺産・地下資源・ここの地位や権力は僕のものなど置き換えると、よくわかる。最近の衆議院選挙にこれをあてはめると、ここの地盤は僕のもの、この団体は私の票田。営業先でいえばここの会社の宣伝は私のもの、私は何度も追い出された記憶がある。そして、戦いになると目の色が変わる人が多い。それはあの人が元々あった性格というより、誰しも同じ状況になると「天使になろうとして豚になったり」「善人だった人も残虐な人に変貌する」。紙一重の世界に生きていて、それは小さな子供の世界から老人ホームまで、古代から21世紀まで、いや23世紀まで世界中の大陸間で日々、残虐ゲームが多発して終ることがない。

パスカルが気を紛らわすこととして パンセ139

人間のさまざまな立ち騒ぎ、宮廷や戦争で身をさらす危険や苦労、そこから生ずるかくも多くの争いや、情念や、大胆でしばしばよこしまな企て等々について、ときたま考えたときに、私がよく言ったことは、人間の不幸というものは、みなただ一つのこと、すなわち、部屋の中に静かに休んでいられないことからおこるものだということである。」92

恵庭市立図書館

3 thoughts on “「この犬は僕のだ」(パンセ295)

  • 2021年11月15日 at 11:02 AM
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    多動性の私もしばしの時間さえもジッとしていられません。世間一般の休日でも家に居つかず余計な動きが多く端から見れば変わり者だとさえ見えるかも知れません。それもこれも動いて居なければ、何かしていなければ、暇になる事が不安で仕方が無いのです。何もせず一日一杯寝転んで過ごせたら、どんなに幸せかとも考えますが、そんな時、頭の中の私は「どうせ、何時かは永眠できるのだから」とつぶやきます。しかし動いて居さえすれば良い事ばかりではありません。散財したり、事故に遭ったり、嫌な事に遭遇したりと、むしろ悪い事の方が多いのかも知れません。が、それでも自ずと動いてしまうのは先天的な性なのでしょうね。

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    • 2021年11月15日 at 4:02 PM
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      動き回る、それが普通ですよ。じっとするのは老人ホームまで待ちましょう。私もワクチンバイトが終わり、そろそろうごめき始めました。動くお金を稼ぐべくあちこちアンテナを伸ばしています。使いたくないコネでも初めてやってみますかね。

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  • 2021年11月15日 at 11:11 AM
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    物欲は知らず知らずの内に身についていますね。進学だって他人を蹴落とし、就職だって同じ事。さらには若い時の恋愛だって恋敵と争い奪い合いますし、仕事だってライバルと取り合いますね。一言で「物欲を無くして」と言いますが、物欲は人間に元々備わっているものですから、相当の修行でも積まない限り不可能に近いでしょうね。極端な「オラがオラが」の現代社会では格差と言う形でハッキリ示されています。果たして「幸せを分け合う世界」は実現できるのでしょうか?

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