「トムソーヤの冒険」を書いたアメリカの小説家マーク・トウエイン(1835~1910)が晩年「不思議な少年」The Mysterious Strangerという本を書いて1916年に刊行された。16世紀末のオーストリアを舞台に、サタンと少年を主役にした小説。中野好夫さんの本を読んでいたら、西欧キリスト教文明について痛烈な皮肉(実態)を暴露していたので、引用します。(ちくま日本文学全集の中野好夫編の427p)内容が内容だけに亡くなった後に刊行されたのか?
「題8章の終わり近くに、サタンが少年たちに対して、旧約聖書にはじまって、人間歴史における殺人、流血場面の幻(まぼろし)を次々と示して見せる一節がある。最初はまずカインの弟アベル殺し、くだってはヘブライ人の戦争、エジプト人、ギリシャ人の戦争場面。とりわけローマ人のカルタゴ人皆殺しの残虐場面は白眉であった。次はキリスト教文明下のヨーロッパ、だが、これも戦争、殺戮の連続ばかりである。(あとに残されたものは、常に飢饉と死と荒廃であった)とサタンはいう。そして一方ではその間における殺人兵器、軍隊組織のたえまない発達を目の当たりに見せる。(キリスト教徒は鉄砲や火薬を使いだした。いまから数世紀もすれば、彼らはその大量殺人兵器をさらにさらに恐るべきものにすることによって、もしキリスト教文明というものさえ起こらなければ、戦争は最後まで小規模なケチな形でのこったろうにと嘆かせるにちがいない)」
さらにサタンは冷たい笑いをうかべながら言う。
「とにかくたいした進歩だよね。たった五、六千年間に五つも六つも高度文明が起こって、世界を驚かせたと思うと、たちまち衰えて消えていった。だが、その中にあって、大量殺人のうまい方法を発明したというのは、現在のキリスト教文明だけだからね。もちろん人類最大の野心は人間を殺すことであり、現に人類の歴史はまず殺人をもって始まっているわけじゃないか。だけど、その意味でもっとも誇るに足る勝利を記録したのは、キリスト教文明だけだったことだね。もう二,三世紀もすればもっとも有能な殺し屋というのは、キリスト教徒だけってことになるんじゃないかな」
トランプとネタニエフに読んでほしい一説である。それ以上にアメリカを代表する作家なのだからアメリカのキリスト教徒ですね。もちろんバチカン含めたカトリックもね
原本を探しにコーチャンフォーへ、岩波文庫で見つけた。再度、読んでまた書きます。ついでに「人間とは何か」も買う。どちらも中野良夫さん訳です。上記の文章はこの本の180Pから186pにわたるサタンの言葉を要約したものでした。


宗教には余り興味が無いのですが首から十字架のネックレスを下げたスポーツ選手などを観ると敬虔なクリスチャンだろうな?と思いますね。キリスト教に限らず各宗教にはそれぞれの特徴があって、それに賛同した信者が存在するわけで一束で評価は出来ないでしょうね。それに同じ宗教にも分派も含めれば無数の宗派があってその経典に賛同したから信者になる訳ですからそれぞれの詳しい事を知らない限り批判も出来ませんが、良くも悪くも誰かが評価した事以外に知識が無い私達に真実は中々見えて来ませんね。宗教は不思議なモノとしか言えませんね。
どうして宗教が誕生したのか、こちらに関心がありますね。なかでもキリスト教は世界でいちばん人を殺した宗教であることは間違いありません。ユダヤ教→キリスト教→カトリック→プロテスタント→アメリカ福音派野流れで、ロシア正教は意外におとなしい。なので私が好きなのは、ギリシャ時代のソクラテス以前の無名の思索家たちです。断片しか残っていませんがね。アメリカも布教のため、ラジオやテレビを使い、広大な気yぉう会を現代建築家に作らせ、人を集めて音楽やダンスまでして熱狂集団を作っています。付和雷同のアメリカ人が生まれる背景に、1軒と1軒の距離が遠くて、孤独や寂しさに弱い人民の心根があると、なので集団化しやすいと書いてました。大統領選挙を見ても集団化するお祭りです。そういう国に狭い地球が振り回されているのですから、無名の哲学者たちは呆れていると思いますね。3000年経過しても人間が変わっていないと言うことですね。困った宗教・キリスト教に信者がきづいてくれるといいのですが。自分の心の中に神をひっそり持てばいいのに。武器を持って集団化すると殺し合いになるだけです。欲望も肥大化しますから。
先日はご返信ありがとうございました。ブログを再発見した日が「老年について」で含蓄を味わい、seto様の返信にある「人生は無駄なことしなければ十分に長い」もやさしく背中を押された気持ちです。とても余計なお世話ですが、体調等どうかご無理のないようにされていることを祈るばかりです。さて、終戦の日(8月15日)にコメントをしています。私は沖縄にかかわる出自なのですが、物心ついた頃から当時の地上戦の悲惨さを教えられていました。大国のきな臭いニュースを見るときには、文字通り心臓を突かれたような動悸と緊張を感じます。人間は、宗教を通して神秘な建造物や、詩、舞踏や絵画など美しきものを創造できるのに、なぜ必ず破壊が伴うのか、人類が永遠に考え続けることなのだと思っています。「自分の心の中に神をひっそり持てばいいのに」こちらの言葉、なんだか素敵です。私もそのような心持ちでいます。
返信遅れてすみません。沖縄へは30年前、家族旅行で行きました。子供たちにとって初めての飛行機でした。9月だと記憶してますが、猛烈に暑かった。那覇東急ホテルで2泊しました。夜はホテル前のパチンコ屋で3万くらい勝ちました。それにしても米軍基地が沖縄の一等地を全部占めているのには呆れました。米軍家族がゴルフ芝の中で住んでいて、その周りに沖縄県民が住んでいる異様な景色にショツク受けました。米軍に本島もヤラレテいまも本土から厳しい環境を強制されて、米軍に強く抗議できない政府に怒りを覚えます。那覇に在住の友人からときどき琉球新報も送られてきます。本土復帰前に大学に留学生としてきて、知り合ったわけです。8月15日を過ぎて、北海道では樺太でロシア軍が攻めてきて殺戮が始まりました。帰国船も沈められてたくさんの犠牲者が出ました。明日から、またお仕事ですね。エアコンに気をつけてマイペースでお仕事を。
明後日からエスコンフィールドでソフトバンクと三連戦があります。全勝してくれないか期待してます。