昭和あるあるベスト10

岐阜出身の町内の人に奥さんとのなれそめを聞くと「実はペンフレンドからなんだ。平凡にペンフレンド募集があってそこに掲載したら札幌の女性から返事が来て、手紙交換始まり、交際始まり、結婚したわけなんだ」。奥さんは昨年亡くなって、彼はいま一人暮らしをしている。当時は実名で中高校生が読む雑誌には住所を入れた文通コーナーが必ずあった。いたずらはがきや手紙はまずなかった。選ぶ基準は、住んでいる都道府県と町がどこか、名前が可愛いかどうかくらいで少し見栄を張りながら書いたものである。電話番号は書かなかったと思うし、もし書いて電話をかけても彼女の親が出るから「お前、娘の何なんだ?」と聞かれて壁が立ちはだかる。手紙中心の男女交際だ。郵便受けに女の子から手紙が来るのは、うれしくわくわくしたものだ。親のほうもペンフレンドとわかってるからニヤニヤしている。突然、来なくなるときもある。字が下手だったり、内容のない手紙はポイされる。昭和あるあるベスト10の5番目だ。

名前や住所を公開してもイタズラされたという事件はまずなかった。新聞の全国版で4コマ漫画を載せる記事下社会面に、尋ね人広告を何度も載せたことがある。「タカシ、電話を待っている。家族みな心配している。011(●●●)1235」という広告であっても電話番号でいたずらをする人はいなかった。

プライバシーをオープンにしても誰もイタズラをしない文化が確かにあった。むしろ安心してつき合えた時代が確実にあった。プライバシー情報保護法ができて、個人情報を秘匿するようになってかえってプライバシーを侵す人間が増えたと考えられないか?隠すと見たくなる、覗きたくなる心理が強烈に発動している気がする。元々、人間の本性が善であるのか悪であるのかという論争が言葉の上で2000年以上続いているが、焚火の廻りで手をかざして捕獲したシカや動物たちを分けながら食べてる時代・共同体が現代よりは幸福度が相当に高いと思う。現代人のように早口でもなくカタカナ日本語が乱発されるわけでも無くて、喋りながら手元でスマホをチラミしながら相手を不快に知る人もいなくて。別の形でそういうコミュニティ作れないか、現代実験している。顔を合わせると知ってる人は基本的に悪人にはならないと思う。

 

伝言板・ペンフレンド募集欄