95歳の親を3人抱えて四苦八苦。

私の同級生はほぼ親を看取ったか、残された一人(多くは母親)を老健施設か自宅で介護をしている。ところが中学の同級生は95歳の母親と奥さんの両親二人を介護している。長男と長女の組み合わせでもあって、ことのなりゆきでそうなってしまった。自分の母親からすい臓がんが見つかり、施設から出ていまは病院に入院措置。見舞いもできず、主治医から「今度、会えるのは残念ながら危篤のときですね」。母親の葬式をどうするか、斎場をどうするか、どんな形で葬儀を行うか決めたと言っていた。奥さん側の95歳のお母さんは認知は進んでいるが、施設での入院が続いているが、戸建てに一人暮らしをしていた父親の認知も進み,火の始末もあって、好きな油絵だけではボケ防止にはならず、施設への入居となった。「おれはピンコロで逝くんだ」と豪語というか夢を語っている。それにしても95歳を3人抱えると「とにかく忙しい、病院や施設から電話が来るので家を空けられない」。それでも好きなカメラやカラオケ動画をユーチューに投稿してデュエットしているというから凄い。

まったく同世代ではあっても置かれた家族状況、特に親のこと、子供のこと、孫のこと、ローンの有無、配偶者や自分の病気や健康のことなど同一の状況にはない。さらに毎月もらう年金額も違い、企業年金の有無も違う。個別状況は全部違うが、しかし、共通はローンを終えて、さて会社を辞めてのんびりした老後を過ごそうとしてもそうはいかないものである。ヤドカリでいえば外の殻である会社を出るとイキイキして過ごせる人とガックリ元気ない、ただ毎日を健康のために黙々と歩く男たちの多いこと。95歳まで長生きするなら日々の健康には相当の留意があるはずと思いきや、意外やストレス少なく淡々と日常を過ごしてきた女性が多い。新型コロナワクチン集団接種業務の手伝いをしていて、80歳以上で接種に来る7割はざっと見て女性かもしれない。肌艶も良さそうだ。95歳の親を3人抱える同級生と話して、ここまできたらやるしかないという覚悟も見える。長男・長女という考えは古いかもしれないが、次男の私としては親の葬儀では、本州から駆け付ける兄を立ててのセレモニーであった。長男・長女として子供のころに親から刷り込まれた行動様式・考え方のパターンがあるはず。令和に入れば、この考え方は崩れていくのであろうが、散骨の扱いも墓石、納骨堂、樹木葬など自然葬、各自治体の集合墓地と寺離れが進んでいるのは確かだ。お経を無くして故人の好きだった音楽を流す葬儀も多い。そしておなじみ何時から何時まで葬儀場に来て献花をして帰るコロナの下での別れの式である。まだ3人の親が健在の中、葬儀について書くのは不謹慎ではあるが、いずれわが身のことである。余裕があって書いてる話題ではない。