58歳、函館在住の知人が、電話の向こうで「60歳になったら退職してのんびり海外旅行三昧で暮らしたい。いまはコロナの仕事で大変だけど、収束すれば夫婦二人で大好きなハワイで太陽浴びて時間を過ごしたい」と。一方、「自宅に年金便が送られてきて、65歳からの年金額の余りの低さにびっくり、こんなんでは暮らせない」と。お子さんがいないので、食べるだけは暮らせるとは思うが私は「もらっただけの暮らしはできるものだよ」と慰める。「健康維持と小遣い稼ぎのために働き続けるのを勧めるよ」と陳腐なアドバイス。定年になって自由でなんでもしてもいいというほど不自由なことはない・・・いずれそういうことに気づくと思う。がむしゃらな趣味を持って、その道で生きがいを見出す人は少なくて、労働の楽しさ(現役のころは苦痛であっても)が、時間に拘束されることで、拘束が外れたときにこそ自由を十分に体感できる。エーリッヒ・フロム「自由からの逃走)みたいな気分だ。長電話の中で「もう雪はいいよ。雪のない南の地方で住みたいよ。福岡なんて理想だね」もともと炭鉱町に生まれ、東京の私大を出て札幌にある社団法人に勤めて、冬の雪はうんざりするほど知っている。北国生まれでスキーでもしないと、除雪や冬道運転の苦労、暖房費と被服費の負担、5月6月になれば一斉に梅と桜が咲いて最高な季節かもしれないが、ここに至るまでにたくさんの辛抱を強いられている。札幌生まれの兄と妹も22歳で関東圏へ結婚と就職で住みだすと、「冬の北海道は住みたくない。雪のない冬を一度でも過ごすと戻りたくない」と異口同音に言う。残される私は、老いた両親を最後まで看取る役であった。3人の子供が全員、本州で暮らすと寂しい両親であったろうから、私の存在は親不孝な私の人生前半であったが、まあまあ帳尻を合わせたかと思う。18歳で京都の大学へ行った娘はそこで伴侶を見つけて大分県へ嫁いだ。方言も覚えて、冬に帰宅しても除雪はしない。楽を,快を選ぶ現代っ子だ。除雪の真似をしてくれる孫娘の姿がせめてもの慰めだ。雪のないところに住みたい、できれば住みたい・・北国に住む人の本音で、加齢とともにその思いが強くなる。
