哲学者鷲田清一さんの近著「所有論」(講談社)の1p目に詩人長田弘さんの1行が掲げられていた。525pにわたる所有論なので読み始めたばかりだが、所有論の結論が「なくてはならないものは、けっして所有することのできないものだけなのだと」ではないかと思った次第だ。また誰かが言っていたが「お金は社会からの預かりもの」というコトバもよぎる。「この金は俺のモノ、ここはおれの土地、これは俺の人民たち、ここの原油は俺たちの土地の地下にあるからおれの物、この市場はおれの会社の管轄、彼女(彼氏)は私のもの、俺(私の)の体は俺のモノだからどうにでもできる」。あらゆることに所有を持ち出す。「の」という助詞が鬱陶しく思えるのは私だけだろうか?
私たちは自然に囲まれて生きている。囲まれているとは空気であったり、水であったり、土壌であったり、地域の人々であったりする。食べ物を作ってくれる人たちやそれを運んでくれる人たち、果物ができるためには受粉をする虫たちも必要だ。知識も伝わってくるわけで、誰も所有などできない。
