
白内障の右目手術を1月23日にした。「きょうはスマホやパソコン、読書は禁止です。目を酷使しないでせいぜいテレビくらいです」と看護師から注意された。眼科の手術室はきれいだ。2名の医師で一日、10人の手術をする病院。心臓のカテーテルを5回しているから手術室には慣れているが、必ず主治医とスタッフの笑い声と音楽が聞こえてくる。緊張をほぐすために必要な雰囲気づくり。スタッフは4名の女性たち。彼女たちのイタリアンブルーな手術着とピンクのキャップが素晴らしい。後日、聞くと、音楽はすべてK主治医の好きな曲を流していた。全身麻酔の手術なら病室で麻酔を受けるから手術室の風景は見えない。ルイアームストロングの「この素晴らしき世界」も聞こえてきた。チクリと瞬間的に痛かったが、20分で終る。この先生は札幌の山鼻育ちで、子供のころの「さっぽろ祭り」の話をよくしてくれた。中島公園のお化け屋敷やサーカス、夜店など。「おじいちゃんが、なんでも好きなものを買っていいよと言われたことを今でも覚えている」と笑顔で言う。山鼻っておぼっちやんの多い地区で私の育った東区の工場街とは育ちが違うなと思った瞬間だ。何年たっても、自分が育った貧しい町の匂いがいい意味でもついて回る。貧しい人に優しくなる。
看護師から「目を酷使しないで」と言われると、目の持つ機能と日常生活に果たす役割の大きさを再認識する。1月23日24日の大雪でも自由に除雪ができない、動くバランスが悪い。眼帯をつけたままメールを読んだり、ブログのコメントに返信してもキーボードを間違える。知人から義父が最近、失明したが、失明すると認知症が進み、いかに人間は目から多くの情報を仕入れているかと思ったと書いてきた。入力と出力を繰り返すとき、目の働きは、ふだん当たり前としているが実はとんでもなく大きなことなのだと気づく。盲目のピアニスト辻井伸行さんにももちろん感嘆してしまうが。学生のころ、「目は心の窓」を何かの拍子に口にしていた友人を思い出した。疚しい心があるとき目をそらすのもそういうことだ。うなづける話だ。「ちゃんと私の目を見て話しなさい」と言われたこともある。
白内障手術で耳の機能を発見した。朗読を聞くことで目を休めて、娯楽を継続できる。ユーチューブで探すと各種の朗読がある。その中から、松本清張「ゼロの焦点」全5部12時間、聞いた。活字で目を酷使することもなく物語に入っていける。「ゼロの焦点」は金沢と能登半島が舞台なので、地震と重なり辛くなる。
最後に「眼の誕生」という本がある。生物の爆発的な多様性が出た5億4300年前、カンブリア紀について書かれた本だ。5つの目を持った昆虫などカナダの化石群から想像された生物について書かれてある。生命史上、最大の出来事を「眼の誕生」に焦点を当てた本。立ち読みあれ。鳥類や哺乳類は二つの目をどうして持つようになったのか?目のないミミズもいるし、昆虫はたくさんの目を持っている。魚類は2つの目だね。2つ目の魚が陸に上がって肺魚や哺乳生物に進化していったのか。ホモサピエンスの大先祖の話だ。進化論が正しいと思う人ならね。アメリカ人の半分は進化論を信じない福音主義、関係ない話だけど。トランプを支持している人にも多い。
白内障手術から話がカンブリア紀まで飛躍してしまった。眼は違う想像力の羽を広げてくれる。それにしてもありがたい目だ。両目を閉められときそれは私の死だ。
