私の考える少子化、非婚化問題について(投稿)

書いてみました。ご笑覧を。
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このテーマは解決策を思いつかないので気が引けるのですが、原因は人口密度だろうと思います。
人間も群れを作る動物ですが、野生動物の群れはなんとなく集まってるわけではありません。
獲物を狩ったり集団で防衛するという目的の他にも、
群れの密度が上がれば弱いものから追い出したり極端な場合は共食いし、
逆に子どもが死ねば発情期以外でも交尾し始めるなど、集団の密度を調整する戦略的な目的もあります。

なので動物は群れのリーダーを探し、目的に従おうとしますが、
人間の群れ=通勤ラッシュや街なかの雑踏は、ただなんとなく集まっているに過ぎません。
目では群れに入ったことを認識しているのに、群れの目的が知らされない。
本能レベルで一種のやらずボッタクリをくらい続けると、「生きてる意味や、将来の目標がわからない」と感じる事になりなりかねません。
そして、アイデンティティが薄れた人間は、過酷なパートナー探しの競争から脱落します。

また、群れを作る大きな目標は繁殖です。普段単独で生活する動物でさえ、
繁殖のために群れを作ることがあるくらいです。ところが、満員電車に乗り、
本能が「さあ、繁殖のチャンスですよ」と告げているのに、間違って触れただけで
痴漢冤罪で、一生が台無しですから、日頃から本能の方を捻じ曲げて生きる他なくなります。
自分はそんな不埒なことは考えないというもは、本能のほうを捻じ曲げきっているのかもしれません。
そういうアンバランスさはどうしても伝わってしまうので、やはりパートナー選びの対象にはなれないでしょう、

なので、群れに加わらなくても社会生活ができる方法があればよいのですが
これはZOOMがある程度の役割を果たしているようです。
在宅勤務はそれほど効率的ではないと言われていますが、企業にとっても、
本能やアイデンティティが狂った社員を抱えるよりずっとましです

また、年寄の役割も大事です。昔は痴漢冤罪で一生を棒に振るのは、明らかにおかしいと考えるほうが一般的で、
年寄はそういう空気の中で生きてきました。それどころか、
男と女は出来心と過ちから始まることも、わかってるはずです。
なのでいま、例えば「ケツ触ったくらいいいじゃねえか。減るもんじゃなし」といえば、
その人は顰蹙を買いますが、社会にとっては清涼剤になります。
人殺しは容認できませんが、チャンバラで悪役が斬られるとスカッとする。
小さな不道徳が大きな歪みを防ぐ、そういう機微や知恵がわかっていて、必要なら汚れ役を買って出る。
これは、年寄にしかできないと思います。特にボケたふりをして、タブーをぶち破る放言をするという手もあります。