筆者は捨てるのが下手だ。机の周りも汚いし、整理整頓が苦手。できないわけではないが、したくない。積み上げるのが大好きだ。そして囲まれていると安心する。パソコンのデスクトップもアイコンだらけで、整理されていない。
他人の汚いデスクを見ると「おぬし、仕事できるやつ」と錯覚する刑事や新聞記者のデスクの見過ぎた。いくつかの会社を遍歴したが、社長の前に並べられた書籍を見て、「なるほどね」とうなづく。本棚を見せるのは本当は恥ずかしいんんだけどね。子どものころから石集めや化石を集めるのが好きだった。特に石はどこにでも転がっているから、チョーク代わりになる軽石も好きだった。
LPレコードや映画のパンフレット集めをしていた同級生もいた。コインや切手も静かにやっていたし、メンコ(北海道ではパッチ)の絵柄集めて友達と交換した。近所で庭木に木々の名前を書いて名札を下げていたおじさんがいた。通勤の途中、ずいぶん親切な家主がいるものだと感心していたら、最近、そこがゴミ屋敷になっていた。名札は下げてはいるが、玄関の周りに捨てるべきゴミが山積みされていた。几帳面な性格が何かのきっかけで、ゴミ屋敷になるらしいが、私の知っているゴミ屋敷は男ひとり暮らしが多い。外から見て男やもめと一目でわかるから不思議だ。自宅に活気や整頓がない。
ここの家は夫婦でそのままだから、ミステリアスだ。ゴミも資源というなら、別に悪いことではないが、いつか使おうと思って、貯めるがすぐに忘れているんだ。西洋骨董のアルバイトで納品を何度か手伝い、お金持の自宅を拝見したが、様々だった。アンティークを入れるための部屋を作って、まるでニッカ創業の竹鶴さんの書斎や応接ルームのようにしている人もいれば、骨董を空間に詰め込むだけ置くタイプもいる。多くの物に囲まれていると落ち着くタイプもいれば、綺麗に整理されていないと落ち着かないタイプと言っていいかもしれない。
そういえば人間関係づくりも、少しそれに似ていて、友人を整理している人、来る者拒まず去る者追わずで生きてる人もいれば、追いかけ大好きで前かがみで生きている人もいる。筆者は営業職が長かったから、追いかけ好きなタイプ。追いかけて前のことを忘れてしまう。騙されて何度も倒産の憂き目にあって始末書を書いた。スポンサーをコレクターのごとく数多く持ってはいたが、キラリと光るスポンサーのなかった平凡な営業マンで終わった。しかし、それが後輩たちの財産に今もなっていると聞くと嬉しいものである。私の集めたゴミが売上という資源に変わっていくのだから。

