
古市憲寿著「だから日本はズレている」(新潮新書115~119p)に自身がフジテレビの番組でコメンテーターとして出演したときの発言に、苦情の電話、2ちゃんねるでスレッド立ったりしたことへの反省をこめて、書いていた。
こういう状況になったら、正義や正しさを幾ら語って説いてもダメ。そういう世界から外れるんだよ・・という認識をもって「炎上しない話し方」について語っていた。そのネタ本が「誤解されない話し方、炎上しない答え方」(ディスカバァー・トゥエンティワン)。(1)ネガティブな話をしない(2)差別的な発言をしない(3)犯罪を肯定するようなことは言わない(4)批判は慎重に(5)話し相手を錯覚しない(6)他人に関わることは根拠と説明を十分に・・・・・という六つのアドバイス。
これはメディア露出する機会が多い人から無名の人まで、言えるかもしれない。文字数の少ないツイッターは、詳しいあれこれの説明を書く字数がなく単刀直入だ。また、わかりやすい例として1968年、倉石忠雄農林大臣(当時)が「こんなばかばかしい憲法を持っている日本はメカケみたいなもの」という発言により、辞任に追い込まれたというエピソード。(余談:現在の自民党と公明党は全員辞職だよね)これはこういう言い換えをする「日本は素晴らしい憲法を持っている。しかし、それはいまや時代や現状に合わない憲法になっている」。炎上する要素がない。なんだか筆者は官僚の作文のような気もするが。
古市さんは「ツイッターでは人権意識などに対して感度が高い人が多数生息しているうえに、感度は高くないが勝ち馬に乗りたい迎合主義者が溢れている。ちょっとした発言が大炎上のもととなる」。しかしだ、こんな委縮した優等生だらけの社会も面白くもないと古市さん。そこで中川淳一郎「ウェブはバカと暇人のもの」(光文社新書)を紹介。誰を相手に語るかが重要で、無料で見られるテレビやネットは「炎上しないように」、しかし、ほぼ読者や想定できる雑誌やラジオ(ラジオはいま面白い・・蛇足です)では過激なことも言ってみる。私もバカで暇人に入るから毎日ブログを書いているわけだ。暇人でなければ毎日ブログ更新を日々の日記以外書けるわけがない。
企業もネットで自社製品の悪口が書かれていないか超神経質になって、それを専門に捜して報告する会社まであるとはおそれいった。ネットで書かれているのは、世間全体からすれば氷山の一角だ。企業が真剣に考えなくてはいけないのは、ソーシャルメディアの影響力の低さだろう。ソーシャルメディアをいくら活用したところで、マスメディアを使った広告宣伝の代わりには、決してならないということだ。
ソーシャルメディアを使って効果があるのはせいぜい数万・数千の世界。書籍広告には適している。「炎上しない話し方」からテーマがソーシャルメデイアに話が変わってしまったが、私の周囲にもアナログの大事さを説くコンピューター専門家が何人かいる。ノートパソコン数台で動かせる機械をざわと大型画面を作って誰もが可視化して見えるように作業をするのも、「人間のミス、不注意、体調、夫婦関係、不眠によるミス(スペースコロンビア・チャレンジャー炎上はNASA職員の不眠症だ)、悪意の発生」などデジタルとは一見無縁な要素が決定的な場面で出てくるからだ。所詮、人間のすることなのだ。
明日は「人類滅亡後もデータを残せ」というテーマを予定しています。
