年賀状雑感。

ことしは50枚限定で年賀状を作った。毎年80枚は書いてプリンターのいたがインクの無駄。現役時代、そんなに親しくない元同僚からの年賀状が一番困る。1行も書かれていない定型文だけの年賀状は返事を出さないことに決めた。いろいろあってこれから付き合いたくない人へも義理の年賀状も廃止。年賀状を全部廃止するには少し勇気が要る。昨年も一昨年も徐々に減らしてきて、とうとう50枚までになった。あとは正月のふたを開けてみないと何ともいえない。(1月2日現在、残念ながら60枚に)。喜びは住所と氏名とワンコメントを書き入れて終わったときの充実感だけ。年賀状の習慣はきっと明治時代に逓信省で発明されたものだとは思うが、書道の道の達人からの達筆な宛名や漢字を見ると、なんて自分は下手な文字を連ねているのか自己嫌悪に陥る。1カ月や2カ月前から東急ハンズで版木を求めて、干支を掘って墨で押印する達者な人もいた。しかし、羨ましいのは住所・氏名と郵便番号を朱肉で押してくる年賀状。書物の蔵書押印の趣がある。いつかこういう印を彫れたらいいなあと思う。そういえば中学時代、美術か書道でゴム版に彫刻刀で漢字や絵を彫ったことがあった。文字を半紙に書いてそれを裏返してゴム版に張り、彫刻刀を走らせる。静かな時間であった。何人か血を出した生徒もいた。子供のころは年賀状が来るのが楽しみであったのに、どこでどうなったのか、年賀状を出す習慣が嫌になってきている。もう少し、自分は細やかな人間であるはずであったのに加齢とともに面倒くささが先に立ってしまい、困った人になりつつある。まだまだ人間修行が足りない面倒くささは老いのせいかもしれない。