ひとりの楽しさ

高間龍一撮影 ミヤマキリシマ平治岳 1/500秒 f/11 55mm ISO 1600

 

これまで何回も出席してきた送別会や歓迎会、忘年会や新年会。結婚式も自分の親族や家族ではなく、会社の同僚の結婚式でさえ、終わって両親への花束贈呈で、シュンとくるけれど、終わって帰る段になると「やれやれ終わった。帰れる」という渡世の義理を果たせた自分を褒めるべくリラックスするものである。送られる人間も歓迎される人間も、祝福される人間も「できれば静かにして欲しい」が私の場合、多かったが皆さんはどうだろうか?このときとばかり浴びるようにアルコールが飲めると、ワイワイできる楽しい酒を飲める人はいいかもしれない。しかし、彼らも実は気の合う数少ない人たちと飲むほうが楽しいのではないだろうか。この辺、下戸の筆者にはわかりかねるが、素面のほうが楽しい時間を過ごせるので、アルコールの世界はグレーゾーンである。子供のころからアルコールを飲む習慣のない家庭で育ったので、父親が職場で飲んで帰ってきた夜は、すぐに母は布団を敷いて寝かせたものである。イビキをかいてすぐに寝るからである。どうもこの癖、筆者にも遺伝をしているようで、飲んだ帰りの電車でよく寝す過ごす。父との違いは布団を敷いてくれる人がいないだけである。それにしても、ひとりはいい、絶対的にいい。電車や地下鉄内での読書は頭に入る、自分の家よりページが進むから不思議だ。大昔、そういえばデートをして、別れるときになるとなぜかほっとする経験をしていないだろうか?悲しいとか淋しいとかではなくて、やれやれひとりでほっとする心境になる。一人は孤独ではなくて自由の確保、自由な空間が帰ってくる嬉しさでなかったか。独身であれ既婚者であれ、人間は一人で生まれ一人で死んでいくことに変わりはない。これからもひとりを楽しんでいきたい。

しばらくぶりの写真添付は、遠い親戚の筆者の同世代である。12枚あるので順次公開していく。