命を大切にする人は・・・老子(タオ)自由訳 加島祥造

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4月17日 忍野八海から 今井昇撮影

 

久しぶりに加島祥造さんの自由訳「老子」から第50章「命を大切にする人は」。

人は生まれて、生き、

死んで、去ってゆく。

三十の年までは柔らかで若くて

生命(いのち)の仲間だといえる。

六十をすぎてからの三十年は

こわばって老いて

死に近づいてゆく。このふたつの三十の間の

壮年期の三十年は、まあ

しきりに動きまわって、どんどん

固いものに近づいてゆく期間だよ。

どうしてこんなサイクルになるかって?

それはね、ひとが

生きるための競争に

こだわりすぎるからだよ。

聞いたことがあるーーーー

生と死は同じサイクルのなかにある、

それを知って、

命をそっと大事にする人は

旅をしてもけっして

猛獣のいるところへは行かない。

軍隊に入れられても

武器を取る役には廻らない。

だからその人生では

虎の爪や犀のツメに出くわさないし

兇暴な人物の刃にかからない。

それというのも

生をとても大事にしているからなんだ。

自分の命を大切にしている限り

死はつけいるすきがないんだ。

*PS:このブログを書いてから約1年10ヶ月経過して、私の周りでも様々な人間模様があった。同期で入社しても、ある人は次長になるがある人は平のまま。それは平の人から私への愚痴のメールでわかったことだが、『会社人生がすべてではない。いずれ終わるレースでしかない。家庭を持続させるだけですごい事業を毎日あなたはしているわけで、それだけでもえらいよ』と返信したが、通じているかどうか。私がアルバイトをしている小さな会社でも人の出入りがある。頑なな人は、衝突したら弱い。引くことを知らないので会社を去ることが多い。『誰が妥協するものか』と思い込み、まだまだ働ける能力があるのに捨てていく。プライドはときに人生を狂わせる。定年後のプライドならまだいいが、働き盛りで子供の教育や住宅ローンを抱える身なら、さらに自身の健康を害するまで他責の世界に入ると、私が心臓で倒れた二の舞になる。世間に甘えることも学びたい。