女医さんの誕生ほか・・・。

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12世紀、ノルマンジー公を迎えるサレルノ医学校(女医を生む)

いったいいつから女性が医師としての職業に就くことができるようになったのか。「医療の歴史」(創元社)によると、診療を行う際に、看護婦や助産婦として、また薬草師として働いていたが、歴史を通してどの時代も男が医療職を支配していたとある。

16世紀、ルネサンス期、医者になるための免許取得は大学でしか取れなくなったときに女性は締め出された。医学を勉強して医療行為を行えるようになったのは1900年代に入ってからだというから驚く。医者を養成する大学をつくるときに女性を締め出していることがわかる。しかし、太古の歴史を見ると、古代エジプトに最古の女性医師がいた。

約4700年前メリト・プタハという名前である。3500年前であっても医学校へ女性は通えた。ホメロスの「イリアッド」でも2600年前、「明るい髪をしたアガメーデ、この者は広い地上に育つあらゆる薬草に通じていた」。薬草に詳しい女性が医師の役割をしてもいた。中国もそうだけど薬草の膨大な経験知が、医者の要件だった。

話は変わるけど、約1万年前の頭蓋骨に手術の跡を見つけて開頭手術をしていた。悪い血を出したり、てんかん患者に大脳圧を下げるために錐(キリ)を回転させて頭蓋骨に穴を開けて直したのか(死んだのかは不明)跡があるから凄い。アフリカのドキュメンタリー映画で、村のの医師(呪術師)とおぼしき人が患者の頭を開けるシーンを小学生のとき筆者は見て卒倒しそうになったのを思い出した。

女医さんの話に戻ると、最古の女医さんの手になる医学書は約2300年前に書かれた「女性の病気と治療について」。書き手はギリシャのメトラドラ。医学の祖ヒポクラテスと自身の知識を踏まえて書いた産婦人科学だ。

イスラム世界では今と違って早くも8世紀に女性の治療師が、15世紀には女性の外科医がいる。ドイツ語圏では12世紀の女子修道院長が、詩人・作曲家・博物学そして偉大な内科医であった。彼女の「単純な医学書」には、何百種類の薬草、木、動物の臓器、鉱物の医薬的な価値を書いていて、身体と精神の症状・治療を全体論的に論じているから、現代医学の要素還元主義に行き過ぎた医療を800年以上前には全体論で書いていたんだ。

11世紀イタリアのサレルノという都市で女医さんがいた。不妊の原因を男性にも帰しているからから先駆的だ。しかし、伝統は長くは続かず、1220年女性の医者への進学は禁止された。1390年にはロンドン医学校も禁止。16世紀までに禁止は続くが、1732年ボローニャ大学で解剖学での女性教授が久々に誕生している。

ロシアは女性医師に寛容で1914年には1600人、全ヨ-ロッパの女性医師の総数を上回っている。1900年、日本では女性の権利向上運動家吉岡弥生が東京女医学校設立、1902年中国の広州にも医科大学ができた。いまでは、どこの大学の医学部も女性の成績が良くて、循環器系に女医さんが多い。

私も急性心筋梗塞で入院したとき、2名の女医さんの世話にはなったが、カテーテル検査や処置は、やはりテレビゲーム世代で指先でたくさん遊んだ男の医師にやってもらった。10年経過して別な病院で心臓を見たら、「あなたのカテーテルを処置した医師、上手ですね」と言われ、「ええ、テレビゲームが子どもの頃から好きだったようで、そのせいでこういう検査が得意だと医師本人は言ってました」。指先の器用さは最新の医療機器を使いこなすのに便利・有用だ。いつかは使えるときがくる。子供にテレビゲームをやらせると将来、腕の確かな医師になるかもしれません。