毒の流行り(現実と映画)

マレーシアのクアランプールでの北朝鮮工作員による毒ガス殺人、トムハンクス主演、昨年公開「インフェルノ」、水谷豊主演「相棒」(筆者3月2日鑑賞)。すべて毒ガス兵器が関わっている。瞬時に、また大量に殺戮できる。細菌兵器もそうだが、生物化学兵器の使用は、世界で禁じられていても、国はどこかに隠し持っているし、化学会社は政府予算〈軍事予算をもらい)で製造している。

 

死の商人も動いている。運ぶのに簡便でもある。核兵器開発に大量の物理学者や技術者が動員されたように、化学兵器も化学者や医学者が深く関わっている。抗がん剤も元を正せば〈マスタードガス)という化学兵器から生まれている。死への薬が生への薬〈がん細胞を殺戮する)に役割は変更しているが、基本は「元気な細胞(ガン細胞)をやっつける」ことに変わりはない。やはり殺すのである。

 

欧州ではクスリは毒(ポイゾン)と書かれていて、4種類以上はどんな化学反応が体内で起きるか医師は責任を持てない。ホームドクター制度を持つオランダの例ではあるが、オランダは同時に安楽死を認めている国だ。もちろんホームドクターは自分ひとりでは決断しない、何人もの医師と相談しながら決断するが、ある意味、殺人だから加害者としての医師の心理的な負担は相当だろうと思う。安楽死は死ぬ側の論理からメディアは語るけれど、特に超高齢化社会に入ってきて、殺す側(医師側)に軸を置いた議論が少ないと養老猛司さんが同じ医者として書いていて筆者はなるほどと思ったので書いておく。

 

クスリ=毒という話からそれてきた。クスリの世界では”副作用”がありますから注意しようと”副”という漢字を使用しているが、実態は毒を入れていると考えるほうが正しいように思う。製薬メーカのMR(営業する人たち)がなぜクスリを一番飲まない人たちなのか、わかろうと言うものである。国民は開業医と製薬会社のモルモットであるかもしれない。

 

レントゲンにしても小さなころから、何回も何回も平気で胸を写している。MRIから陽電子治療という莫大な金をかけてもたいした成果は上がらない。PETにしても高い治療費を払い、被爆しないよう厚い厚いコンクリートの壁の防御壁を作らないと認可が下りない。お金持ちがさらに長生きを望んで治療をするが、知人で最近、治療しても良くならないと奥さんが言っていた。中国の富裕層へ『PET診断と北海道観光旅行』を企画していたことがるが、保険の問題と、本国へ帰国した後のフォローができないので難航している。パソコンで医療機関同士で情報共有できれば済むとは思うけれども。