
退屈な時間というものがある。その時間をどう過ごしているのか興味深い。産業として人々の暇な時間を奪い合う、それが事業としても成り立つ時代だ。真っ先に挙げられるのがテレビ視聴の時間や新聞を読む時間、ゲームをする時間。でも一番楽しいのはおしゃべりや飲み会をしているときかもしれない。
最近、私の実兄もそうだが株の取引で遊んでいる。偶然、持っていた島津製作所の株が、社員田中耕一さんがノーベル賞を授与されて値上がりして売り抜け、儲けた味が忘れられないのかもしれない。パチンコや競馬と同じで甘い蜜を一度吸うとあの夢をもう一度となる。(私のブログ書きもアヘン中毒に似ている)。屁理屈を言えば大脳の汗は流すのだから、労働なのだろうけれど本来的な労働ではないのではと古い脳の私は思うのだ。亡き母の科白、『入ってきたようにお金は出ていく』。父曰く『株と連帯保証人は決してするな』。さらに『この世は妬みでできているから他人が羨ましくなる物は持つな。持つなら教養にしなさい』と母。小学・中学・高校・大学で教育を受けた私だが、身に染みて残ってる生きた言葉はこれである。
暇な時間の話に戻ると、浪人や大学時代はたくさんの自由時間があって、クラブ活動するやつもいれば小林秀雄ばかり読んで寝不足の男もいた。ススキノでピアノを弾いてバイトをしながら学生運動をする人もいたし、ノンポリティックス(非政治的)も多かった。私はバイトと読書に明け暮れていた。一体、長大な時間が何に消えて何を私に増やしたか、いまだに不明であるし分析したくない。
預貯金ゼロが29歳まで続いた。10代の末に『私は30歳まで生きないだろう』と漠然と感じていた。それが29歳の結婚で人生ががらりと変わってしまった。十字路だった。子供もできて、漠然とやばいなあ、暮らしていけるか、家賃14000円の道営住宅にもかかわらず給与も安いので自信がなかった。それがなんとか4人の両親のおかげで生きてこれた。しかし、振り返ると、現在、仕事をして多忙を極める人には失礼になるかもしれないが、『仕事も実は夢中に時間をつぶす作業』の側面もあると思うこのごろである。子育てはたくさんの時間とお金を使う。私の親戚に40代で引きこもり甥がいるから彼の命に係わるお金は幾らあっても足りないと義姉はこぼす。その前にたくさん相談する団体や人々がいるはずだが、メンツで相談しない教員夫婦。私の知り合いで2名の女性が引きこもっている。スーパーマーケットで顔を合わせると逃げていってしまう。買い物に連れてくるだけお母さんは偉いと思う。母親が娘を買い物という日常生活に入れる感動する光景である。
