退屈になるとろくなことをしない!

こう言われて約30年以上が経過する。奇癖らしい。しかし、この奇癖は私だけではなくて兄や妹にもあるという発見をしてから俄然、家庭環境や親の育て方または躾や注意をしない親、絶対的な放任主義の中で生育した私らしい。退屈になると鼻をほじくる。兄が自宅に来たとき、ソファに座るとしばらくして、鼻をいじっていたらしい。妹にもその癖があったというから、ひよっとして、筆者の家庭では両親も一緒になって同じことをしていたかもしれない疑いさえ生じる。裕福でもなく貧しくもなくごく普通の公務員家族。考えてみると、母親が全然子供に何も注意しないのだから(関心が薄い)、好き放題な子供になる。つくづく少年・小女時代は大事だと再認識する次第だ。考えてみると、当時は学校から宿題も出ないし、クラブ活動の強制(成績表に書かれるわけでなくて)がないから、私の周りは何もしない子供が多かったと思う。習い事をしている子どももほとんどいない世の中だ。公園でドッジボールやサッカーはしたが、Hな本(プレーボーイや平凡パンチのグラビア雑誌程度だが)の交換をしたり、テレビっ子でもなくてマンガも大して読まず、いったい自分はあの空白の少年時代をどう過ごしていたのか。ぼんやり時間を過ごしていただけという気もする。それが永遠に続くと当時は思っていた。狭いアパートだから来客も少なく、たまに父の兄がやってきて、『明日、米価値上げ大会を武道館でやるので東京へ。そのため一晩泊まらせてくれ』とかで、狭いアパートにやってくる。ある町の農協の組合長をしていて、赤い鼻をしていて(アルコールか日焼け)、いやいやながら碁を父は打っていた。遺産相続問題で一銭も父に入らず、財産放棄の印鑑を押してから兄弟の関係が悪くなったと母が言っていた。『農業を続けると思って印鑑を押したのに、自分のものになるとさっさと土地を売って市街に出てきて家を建て、金を配って町会議員になるんだから』と。当時は茶封筒に2~3千円入れて配る習慣があって、選挙は町民にとってありがたいボーナスであった。父の兄も配って当選した。兄弟は鼻をほじくる習慣から連想で父の兄の赤い鼻を思い出してしまった。