自宅にいる時間が増えていいこと一つ。

コロナが終息して『あんな日があったよね』と言い合う日がいずれ来るとは思うが、私は怠け癖もあり自宅でよれよれしていることが多い。しかし、一つだけいいことがあった。久しぶりに友人たちへ近況報告のメールをした。丁寧な返信が来る。目の前に70歳という年齢が見えてきて、ある意味でここまでの人生のまとめの報告をしたかったのかもしれない。あんなことがありました、こんなこともありました。近況報告は相手との思い出の確認をしているみたいで心地いい。

一方、もうメールを出せない早く亡くなった人たちの記憶をたどる時間もたくさんあった。元会社の同僚が炎天下の富良野で実家へ草取りに帰郷したが変な疲れが出て動けなくなった。おかしいと思い、車で苫小牧の自宅まで戻るが玄関まで6段の階段さえやっと。すぐに内科へ行くが「風邪ですね」。またおかしくなったので2軒目の医者で血液検査をされて白血病と診断されて王子病院へ入院。骨髄バンクから適合者を見つけたときはニコニコして話してくれた。希望が湧いてきて『落語のCDをカセットテープに入れてくれないか』と注文されて届けたこともある。4人部屋の部屋だからイヤホン使わないといけない。突然、主治医が『提供者の親御さんから、まだ子供は若いのでリスクもあり骨髄は提供できない、中止にしたい』と言われた。この日を境に、彼は底に沈んでいった。激しい痛みに耐えられたのも骨髄移植の希望があったればこそ。『自宅に帰らせてくれ!』と叫んだが、ベッドに固定されてるからだ、動けない。ミリ見る体は衰弱していき、最後は大声で「痛い痛い」と叫んでいた。63歳であった。合掌

とはいえ、自宅の長期滞在は飽きがくる。メールをしても本人たちはそこにいない。生々しさがない。顔がない。制作会社を経営する60歳の社長さんとおしゃべりしたとき、若い人はリモートでの打ち合わせの方が楽だと言う。雑談や相手の顔色を見ながら用のない話題、とりとめのないおしゃべりを嫌っているのではないかと言っていた。アナログ世代なら自分を売るために新聞雑誌をたくさん読んで、どんなお客の関心ことにもついていけるよう準備した。若い人は仕事そのものの打ち合わせには何の関係もない、時間の浪費はしないで欲しいという感覚だ。私なら息苦しくてしょうがない世界だ。雑音と雑談と雑多な雑雑とした不潔な空間でワイワイ生きてきた場所が、守秘義務と法令順守の社会へ移行するにつれて自分の居場所がなくなっていったのを覚えている。社会への不適応症状だ。狂った社会に適応することはない。