自分のような人生は歩んで欲しくない(親)!?

狂言や歌舞伎や能や浄瑠璃の世界でも生まれたなら、父親は「自分のような人生を歩んで欲しい」とたてまえでは話すだろう。一子相伝で受け継いでもらわないと困るわけだ。しかし、普通のサラリーマンや農家や中小の自営業者は、「この商売はきつくて、安定せず、同じサラリーマンなら父親の業界ではなくて、公務員にでもなってくれればいい」とか思う人も多い。


初めての就職先を60歳まで勤め上げ定年まで行く人が人が現在、どのくらいの割合でいるのだろうか?マスコミ各社でも「えっ」と思うくらい、若い人の離職・転職は多い。某新聞社でも「もっと自由な雰囲気を予想していたが、管理・管理で嫌になる」と愚痴をこぼされたこともある。「隣の芝生はよく見える」で、「楽をして楽しい人生」を望みたいところだったのだ。


終身雇用時代、うつ病患者はノイローゼと言われて超少なかったと、先日同世代と話したばかりである。この能力主義も実は終身雇用時代を過ごしてきた40代や50代が慌ててアメリカを見習い真似をして「不本意ながらを導入した」だけの付け焼刃。速記士と通訳だけに限定されていた派遣を、あらゆる産業に適用することを考え出した輩はいったい誰なのだろう?


そこには宝の山がざっくざくである。派遣会社は家賃の高いテナントビルに入っている。いかに利益が上がる商売か?現代の奴隷派遣。登録者を集めて、求める企業へピンハネするヤクザ稼業。派遣のあり方について議論するテレビも新聞も系列の派遣会社を持っていて、何をかいわんやである。しかし、慣れとは恐ろしいもので、楽で責任なく、決められた時間をサービス残業のない勤務の快適さを味わうと〈派遣のほうがいい)ということにもなる。


そうした労働環境下、親たちが望むことは「病気になったら、健康保険を持っていること、年金がある年数納めると定年後の暮らしが出来得る額が支給されること(半分は雇用主負担)、法令内の休日が確保できること、失業したら失業保険がもらえるようにしてくれること。結婚ができて子育てができる給与を確保してくれること」。


「自分のような人生を歩んで欲しくない」ではなくて、「歩もうとしても歩めない」。それが現実かもしれない。しかし、ある年齢になると前にも書いたことがあるけれど、どうも亡くなった父親にそっくりの人生を歩んでいるのではないかと気づくことがある。反抗的で命令や上意下達に、内容の分析の前に腹が立つ自分なんて、自宅の中でブツブツ言ってた父親に酷似である。満州で散々、辛い思いをしてきた父親ならわかるが、戦後生まれの私が体験は違うのに似ているとは!わが息子も、30年後、「どうも亡くなった父親に似ている」とため息をつくかもしれない。ごめんよ。