医者・薬・運動依存症。

ある病院の循環器医師が『この病院は超ブラックだよ』と告白。40代のお子さんがいない医師なので救急医療も含めて過酷な勤務を強いられているのだろう。病院横へ建てる老健施設、多過ぎる病院事務職員。経営の稼ぎを医師へ過剰診療の指示をしている可能性がある。


私の主治医も昨年突然、いなくなった。『どこの病院へ行かれたの?』と聞くが『教えられないのです』。『病気ですか』『それも言えません』。院長と大喧嘩した形跡はある。民間企業の過労死が多くなって、メデイァで報道されているが、勤務医の労働実態は表に出てこない。


自治医科大学を出て最北の市へ勤務医として赴任した医師が、過労のため『欝病』を発症。札幌の自宅に帰ってきた。彼女のお父さんの話では、携帯電話が夜もばんばん鳴って睡眠さえ取れない。あらゆる診療に対応しなければならないなのだと。


それにしても病院の待合室に老人の多いこと。老健施設からヘルパーが車椅子で連れてくる。家族の同伴もあるから座る席がないことがある。そして必ず次のアポを入れるから、死ぬまで行くことになり、患者が増えても減ることがない。隣の薬局は、1ヶ月の薬がデパート袋いっぱいの患者が稀にいる。いくら75歳以上人の薬は1割負担だからとはいえ、9割が税金を使用している。そういう税金への意識も希薄かもしれない。


ベネルクス3国の中にホームドクター制度が確立している国があって(この制度は生まれるとその人にホームドクターがあてがわれ、すべての治療は安楽死を含めてその医師の認定の上、医療行為が進む)『3種類以上の薬は飲ませない。なぜなら薬の化学反応が怖いから』だ。そもそも『薬は毒(POIZON)であり、副作用を必ず伴います』とも薬メーカーの説明欄にも書かれてあるが、この部分の説明は日本の医療機関では弱い(近藤誠と曽野綾子の対談本中)。新薬になればなるほどこの毒度は強くなる。


一番の薬は熟睡である。薬の院内処方から外での調剤薬局制度を認可した時点で、薬剤師が大量に雇用されてチェーン店化して、病院経営は過剰診療へ必然的に向かったし、併設の老健施設の充実や胃ろうや腸ろうで老人を生かし続け収入を確保する残酷な医療へ邁進していく。


しかし、病院経営は患者の意思(医者依存や薬依存)という『依存症』のうえにも成立もしていて、ジェネリックス薬品へ転換されてるとはいえ、古い医師は『あんな薬は全然効果がない』と今でも否定している実態がある。


世の中、健康神話、アンチエイジング神話、運動=健康神話花盛り。義務感でむっつり表情で筆者の自宅前を決まった時間に通る老夫婦も多い。笑って楽しいおしゃべりをミカンを食べながらしているほうが健康だと思うのだが。どこか(医師のアドバイス、健康番組の興隆、雑誌など)で義務化された運動をするよう洗脳されたとしか思えない。


スポーツ施設はおばあちゃんがランニングマシーンを使ってウォ-キング。40代半ばに筆者も運動施設の会員になって3年間通ったが、正直、ここへ来る人・通う人はマシーンを使っても早いし、重いバーベルも上げるし、通う必要の無い人ばかりであった。太っていて通わなければならない人は来ない。健康な人はより健康に、太った人は太ったままで。健康格差は20年前から始まっていた。私は『仕事帰りに風呂へ入りに行く楽しみだけで通った』。私たちはもう少し賢くなって、医療や健康へできるだけお金は使わない生き方にシフトしないと、そしてできるところにいるので足元から実践したい。世の中の流れを逆走する、依存症からの脱却である。