営業職の圧倒的不人気。
27歳から61歳まで、4回ほど転職はしたが、営業職を全うした筆者からみて、大不人気の営業を考えてみようというブログだ。(27歳まで一体何をしていたか、バイトと放浪と恋愛である。フリーターの先駆者である)。売り上げが上がらぬ困ったときの営業マンに読まれるサクセスストーリーは山ほどあるが、意外にも営業の失敗談のほうが参考になる。
消極的ながら、相手先が倒産して往生したり、始末書を筆者は何通も書いて始末書のベテラン。営業にはつきもののことである。先日、転職で職探しをしている若い人と話をしていて「営業職なら求人はたくさんあるのですがね、どうも営業だけはご勘弁」「どうして?」と私。「外歩きで訪問したり、毎月数字の世界で、苦しめられるから」さらに「販売員も敬遠される。ノルマがいかないと自腹で欲しくもない自社製品を買う羽目になり、給与も吸い上げられる」と率直だ。
「保険にしても初めは身内に入ってもらう、昔からの営業スタイルは残っていてね。いまは外交員は損保・生保を含めて各社の商品の勉強をしないといけないから大変」そこで出てきたのが街中に保険の相談窓口を設けるスタイル。これで「外回りの営業」の生損保イメージを変えたかもしれない。泥臭い営業が嫌われている。
筆者も実は自分が営業ができるとは思わなかった。できるならしたくない。人見知りもひどかったし(だれもそう言う人はいないが)。営業職は事務や管理が苦手というイメージも強い。(というが、しかしやれば同じ人間ゆえいずれできる。既存の事務職が営業職が事務に来ると、既得権死守のために営業を突き放すケースも多い。また営業の不祥事でひどい目にあわされたと嘆く事務職の被害者意識も強い)。そういう日々の営業と管理・事務のやり取りを見ていて「ようし、営業へ出て頑張ろう」という意識を持つ人は少ない。苦労の割りに、経費で落とせる金額も年々少なくなり、自腹接待も増えて事務職より手取りが低くなるケースもある。
ある会社の若手は「営業は給与の高い社長や管理職がするもので、自分たちはそれをフォローすればいいのだ」と思い込んでる人もいる。彼はどちらかといえば、社内営業に力を発揮したりする。大きな企業は社内営業でエネルギーの大半を費消する、飲み会での人事情報集めに〈間違っていても)一喜一憂する人生になる。某電気メーカーの支社長と昼ごはんを食べたとき「飲み屋で喋った話が次の日には全国の本支店へ話が流されてヒドイ目に遭った」とボヤキを聞かされたことがある。
営業していると、異業種の人間たちとおしゃべりができる効用をメリットにしよう。それがまたいつの日にか、人生のピンチになったときに「こちらへ来ないか?」と誘われたりする。営業はだから、誠実に仕事をし続ければ、どこでも使えるスキルが自然に身に付く職種だと思いたい。定年後も「頭を下げて、客に接する」ということでマンションの管理人に以前なら元警察が多かったが「威張らない」ということでマンション住人から好評だと聞いたことがある。
地域社会でも「威張らない」生き方なら、受け入れられるし、一番喜ぶのは家族かもしれない。そう考えると、営業職は辛いことも多いけど、長い時間で考えるとメリットが多いと筆者は思うけどどうだろうか?それでも「やっぱり営業はいいわ。したくない。」「飛び込みはできない、どんないい企画書や商品であってもね」。その場合、プールに突き落とすしかないかもしれません。
しかし、どこからどこまでが営業なのか、いまの時代、線引きは難しいが。電話1本で稼げる人もいれば(業種)、メールとホームページで通販売上げを伸ばせる時代だから、営業職の人件費を削減してホームページ作成に投資する時代なのかもしれない。
がらりと話が変わるが、BSで木下サーカスの社長(67歳)がインタビューを吉永みちこさんから受けていた。ブランコ乗りで転落し、頸椎を痛める。以降、営業職として世界を回り、サーカスに参加できる人たちを説得したり、新しい機軸を打ち出したり、サーカス場所の交渉をしたり、裏方営業をして借金2億円を完済した。130人の団員の暮らしを守り、お客さんに喜びと感動を与える日本唯一のサーカス団として生き残っている。ダイナミックな営業世界がサーカスにもある。(5月21日追記)。隣の人とおしゃべりできれば営業はできるし、仕事はそこにある役割にどれだけ適応できるかで決まる。仕事を選ぶのではなくて、仕事から選ばれていると思えば気が楽になるものだ。


